38話:お姉ちゃんの知り合い
「初めまして。鹿島莉理です」
「柚木明子です。今日はよろしくお願いします」
入学して最初の週末、莉理さんと一緒に明子の部屋を訪ねた。
一人暮らしを始めた明子は献立に苦戦しているという。ここで莉理さんの出番と思い家事代行サービスを明子にも利用させるというわけだ。
最近の俺は莉理さんの料理に満足しているしな。明子にもサービスを拡張させるなら今だろう。
「今日は一緒に作ってみようか。英子ちゃんから料理はできるって聞いたけど、普段は何を作ってるの?」
「明子は米なら炊けますし――」
「英子ちゃんじゃなくて、明子ちゃんに聞くね」
莉理さんに止められ、明子が笑いを堪える。俺の悪い癖が出たな。この場では黙っておくか。
「卵焼きとか野菜炒めです。でも、毎日同じものばっかりになっちゃって」
「野菜を一つ買っても、一人じゃ使い切れないよね」
「そうなんです。違うものを作ろうとすると、また買うものが増えるし」
あまり女の子らしい食べ物じゃないな……やっぱり初心者ではそんなものか。
冷凍食品連打でもいいが、それじゃ料理の腕は磨けない。家庭料理を作り続けている莉理さんに頼れるのは大きい。
二人で冷蔵庫を開けて買い置きを見ながら今夜の献立を決めていく。
「お姉ちゃんは座ってて。今日は私が作るから」
「邪魔はしないよ」
ここは莉理さんに任せていいだろう。俺は食卓へ引き下がった。
キッチンの楽しそうなやり取りを聞いていると、オムライスが運ばれてきた。卵で包まず上から被せる簡単仕様。これなら明子でも楽に作れるか。
「どう?」
「いいんじゃないか? ではいただきます――うん、うまいよ。オムライスなら外れはないな」
「作るものに迷ったら、まずは簡単なものからね。うん、おいしい」
莉理さんも一口食べて褒めると、明子はご満悦だ。こうして作れるものを増やせば、毎日の献立にも困らなくなるだろう。
「できれば料理に慣れるまで付いていて貰いたいんですけど……」
明子が俺と莉理さんを交互にちらちらと見ている。
「私よりも明子を優先しましょう。お願いします莉理さん」
「分かったわ。明子ちゃんと一緒に夕食を作ったあとに英子ちゃんのところへ向かえばいいかしら? 報告とかね」
報告という建前で裏オプションのことだなそれ。明子に見えないようにウインクしているから確定だろう。
莉理さんを抱けないのは困るからそれでいいか。
「ではそうしましょう。明子もそれでいいな? 来てもらう日は、学校から帰ったら家庭料理教室だ」
「うん。頑張るね!」
やる気があって実に結構。三ヶ月もすれば俺みたいに雑に食うようになるだろうけど、それまでは頑張ってほしいものだ。
◇
春休みに先延ばしにした食事の埋め合わせを、俺から真琴へ持ちかけた。
真琴も明子に興味があるらしく『妹ちゃんも連れて来て』と言うので、次の休みは三人で街へ出かけることになった。
「明子ちゃん、普段はどんな服を選ぶの?」
「着やすい服が多いです。買うときも迷って、結局似たようなのばっかりで」
「英子と同じじゃん」
「何か悪いのか?」
「悪くないよ。ただ今日は、いつも選ばないのも見てみよう」
明子は真琴相手にも物おじせず、真琴も親しそうに話している。相性は悪くなさそうだ。俺と違って素直だから、そこがいいのかもな。
真琴は春物の上着を明子に合わせた。明子が鏡を見てあーだこーだと話を続ける。
「これなら英子にも似合いそうだね」
「明子の服を見に来たんだろ。私はいらない」
「ついで。私が口出ししないと英子はずっと同じもの着続けるじゃん」
今着ている服も真琴のチョイスなので、ぐうの音も出ない。ここは大人しく任せるか。
何着も上着を当てられる俺を、明子が珍しそうに眺めている。
「お姉ちゃん、真琴さんには素直だね」
「私にはないセンスを持っているんだ。なら頼るさ」
「いつもこうなの?」
「だいたいね。英子は最初だけは文句言うけど、ちゃんと付き合ってくれるよ」
それからは俺まで着せ替え人形だ。明子の服を買いに来たってのに。まあ、たまにはいいかと二人が満足するまで付き合った。
その後昼飯の店へ入り、注文を終えたところで真琴がスマートフォンを出す。
「午後も、もう一軒付き合える?」
「四時前には抜ける。病院を予約してるんだ」
「え、お姉ちゃん、具合悪いの?」
「いつもの婦人科だよ。薬をもらって、調子を見てもらうだけ」
「……婦人科?」
「ピルを飲んでる。生理で調子を崩すのが嫌で相談したら、今の薬が合ってたんだ。予定を潰して寝込むより、通うほうがいい」
「お姉ちゃん、そういうの普通に行けるんだ……」
「予約して行くだけだろ」
「そうじゃなくて。恥ずかしくない?」
明子が声を落とすので、俺も少し身を寄せた。
「言いにくいことはあるけど、黙ってたら医者にも分からないだろ」
生理がうざいから止めたいというのが理由だけど、医者へ行くのをためらわないのは前世の経験もある。
金玉にしこりを見つけた時はびびったんだよな。触って考え込んでいても正体は分からず、結局は泌尿器科で診てもらった。心配するものではないと言われた時の安心は、今でも覚えている。
「明子も困ったら相談しろよ。私に話しにくくても、医者になら言えることもあるだろ」
「……うん。でも、お姉ちゃんに診察室までついてこられたら困る」
「頼まれなきゃ行かないって」
真琴が横から笑った。
「英子、待合室までは行く気なんだ」
「一人で行きづらいなら付き合うよ。それくらいはする」
「聞いた? 明子ちゃん。そこは頼っていいって」
「……うん。考えてみるね」
明子は頷いてから、運ばれてきた料理へ手を伸ばした。
真琴が予定していた次の店は靴屋らしい。診察の時刻に間に合うなら付き合えると言うと、二人でまたどんな靴がいいか話し始める。
女同士はおしゃべりが尽きないとは言うが、本当に話しっぱなしだなこれは。
◇
入学して二週間ほど経つと、明子の話に俺の知らない同級生の名前が出るようになった。
昼飯を一緒に食べたとか、教科の先生が厳しかったとか、内容は普通だが、俺抜きで学校を楽しめているなら結構なことだ。
その日の夕食後、俺の部屋に来た明子は部活動紹介の紙を持っていた。
「文芸部にしようかな。小説、また書きたいし」
「読むのは知ってたが、書くほうも続けてたのか」
「時々ね。短いのばっかりだけど」
「何を書くんだ?」
「百合物とか、あと姉妹の恋愛話」
「……まだそれ系が好きなのかよ」
「うん。お姉ちゃんも大好きだよ」
「返答に困る発言はよせ」
明子は気にせずにソファに座る俺に体を寄せて来る。
子供の頃だったら別に何も気にしない。ねだる明子のためにスキンシップとしてキスをしたこともある。
――ただ、今はもう無理だ。お互いに子供じゃなく女の体になっている。行きつく先が姉妹で体の関係になるようなら、健全とはとてもじゃないが言い難い。
その懸念があったからこそ少し離れたほうがいいと考えた。実家から離れた学校を選んだのも、気ままに暮らしたいだけじゃない。
しばらく離れて暮らしたから大丈夫だろうと同じマンションを選んだけど、失敗だったか?
「……とにかくだ。文芸部は見に行ったのか?」
話をそらすと、明子は言いよどんだ。
「一人で行くのはちょっと……同じクラスで文芸部に興味ある子いないし」
「そうか。なら二年の知り合いに頼ろう。初瀬小春って奴なんだが、そいつが文芸部員だ。話を聞いてみるか?」
「会ってみたい。私が書いたものも、読んでもらえるかな?」
「それは本人に聞いてみろ。感想はちゃんとくれるはずだ」
小春へ連絡してみると、すぐに返事が届いた。
『もちろんです。妹さんですよね? いつがいいですか?』
画面を向けると、明子が覗き込んできた。
「明日の放課後って返信して」
「少し待て」
希望を送ると、小春から了承のスタンプが返ってきた。それを明子に見せる。
「やった。じゃあ明日だね」
莉理さんや真琴とは気が合うようだったが、小春はどうかな?
……でも明日には、俺の買っている女たち全員と明子が会うことになるのか。何かの因果なのかこれ?




