37話:高校生活、最後の一年の始まり
卒業式が終わり、Eスポーツ部の部室へ向かった。部長である佐伯先輩が最後に寄ると言っていたからだ。
いや、もう部長じゃないな。部長は中島だ。そして俺が副部長。残念なことに一年が定着しなかったおかげで部員は俺たち二人だけ。
中島はゲームを起動するでもなく、いつもの席を感慨深く見回している。
「最後に一戦やりたいところだな」
「卒業証書を持たせてゲームをさせる気かよ」
そんなことを話しているところで扉が開き、佐伯先輩と鷹野先輩、莉理さんが入ってきた。
三人とも証書を持っている。制服姿は見慣れているはずなのに、今日はそれぞれの手に筒があるせいで同じ部室にいる時間がもう終わるのだと分かる。
「本当にいた。二人とも暇だな」
佐伯先輩が笑って机に証書を置く。
「部長――いえ、佐伯先輩が部室に寄るって言ったからでしょ」
「だからって待ち構えなくてもいいだろ。なあ、鷹野、鹿島」
「二人だけだから寂しいんじゃないの?」
「部員が増えなかったのは残念よね」
莉理さんの言うことは認めるけど、鷹野先輩は逆じゃないか?
「先輩たちこそ寂しいのでは? この五人で部室に集まって遊ぶことはもうないでしょうからね」
「おい柚木。別に部室でやるだけがゲームじゃないだろ」
「中島は分かってないな。顔を合わせないと人間疎遠になるものだよ。意味は違うと思うけどリモートワークを止める会社が増えたってのは、人間なんて顔を突き合わせないと駄目な奴らが多いってことだろ?」
「なんというか、柚木の理屈屋は本当に変わらないな。それに俺たちとの別れを惜しんでもいないようだ」
「割り切っているだけです。佐伯先輩だって小学校や中学校の友人とどれだけ付き合いが続いているんですか?」
そう言ってやると佐伯先輩は渋い顔をしている。
しかし、鷹野先輩と莉理さんは俺たちのやり取りを聞いて笑っていた。
「……まあ、柚木の言う通りではあるか。大学に行けばそっちでも友人はできるだろうしな」
「佐伯は駄目ねぇ。結局柚木と言い合いするとほぼ負けるんだからな」
「鷹野さん、それは仕方ないと思う。だって柚木ちゃんだから」
「そうだぞ鷹野。まだ可愛げがある中島と比べて根性のひん曲がった柚木と話すのは大変なんだ」
「やっぱ柚木ってそんな評価ですよね。顔が可愛いだけで中身は残念っていう」
この雰囲気、俺の不利じゃないか? このままいじりを続けられたらたまったもんじゃない。
「私のことはどうでもいいじゃないですか。というか最後なんだから記念撮影くらいしましょうよ」
「そうね。なら私が撮るわ」
鷹野先輩が笑いながらスマートフォンを取り出し、スマホスタンドに装着する。
佐伯先輩が証書を抱えたまま真ん中に立ち、その両サイドに鷹野先輩と莉理さん。俺と中島はそのさらに外側に分かれて立つ。
画面に収まるように肩を寄せる。撮れた写真を五人で確認してから、先輩たちは証書と鞄を手に取った。
部室を出て鍵を掛ければ、あとは別れの挨拶をして解散。ただ、俺と莉理さんには話すことがある。
「来週、予定どおりでいい?」
「ええ。まずは私の部屋をお願いします。明子のほうは、本人たちと話してからで」
「分かった。じゃあ、また来週ね、英子ちゃん」
「ご卒業おめでとうございます、莉理さん」
細かい予定は連絡を取り合って決めればいい。
でも佐伯先輩と鷹野先輩とは違って、莉理さんとの関係は今後も続く。
だから卒業式という別れの感覚は、俺には湧いてこないんだよな。
◇
卒業式の翌週、約束した火曜日に莉理さんが来た。
まだ明子の引っ越しまで時間がある。まずは俺の部屋でどの作業にどれくらい掛かるかを試してもらう。
「今日は掃除と洗濯、それから夕飯も、でよかったよね?」
「はい。料理については家にあるものは使っていいですよ。美味しいものを期待してます」
莉理さんはノートへ書き込み、机の脇に積んだ本を指した。
「これ、片づけていい?」
「それは今読んでいます。横のも使うので、そのままにしてください」
「なら現状維持をしながら掃除だけするのが良さそうね。でもあまりに物が多すぎる場合は英子ちゃんの確認を取るのがいいかな」
「それが無難でしょうね。どういう形がいいか試していきましょうか」
掃除についての確認をしつつ、地味にありがたいと思ったのが洗濯だな。面倒がかなり減るから初日から家事代行サービスの価値を実感できる。
話し合いながら仕事を進めていると夕食の時間となる。弟妹に作るのと同じくらいの味付けにしたというが、少し薄いけど健康のためと思えばこれで十分だ。
「家庭的な味って感じですね」
「それ、褒めてないわよね?」
「味は好みじゃないです。薄いですからね。でも、自分で作ると濃くなりがちなのでこれでいいかなと」
「そっか。じゃあ美味しいものより健康を重視するってことでいい?」
「はい。好き嫌いはないので莉理さんの感性で自由に作ってみてください」
「それはそれでプレッシャーね」
食事のあとも莉理さんはすぐには帰らない。なぜなら裏オプションがあるからだ。
でもまあ、初日ということで軽くすませる。莉理さんを蕩けさせるところまではやらずに、俺が腰を振って気持ちよくなったら終わりという簡単な終わり方となる。
裏オプションを堪能してシャワーを二人で浴びたあとに再確認。次に来てもらう日の相談だ。
「掃除はほどほどでいいとして、食事と洗濯物をちゃんとやればいいかな?」
「はい。その二つは思った以上に助かりますね。あとは明子が来るまでに慣れてもらえばいいかと」
「掃除と洗濯は曜日を決めておいて、食事は前日までの依頼とするのがいいかな? 裏オプションとの都合で決めるのがいいかもね」
莉理さんもほんとエロい話に遠慮がなくなったよな。まあ、そのほうが俺としては嬉しいけど。
でも、今日の感じからして家事代行サービスは上手く回っていきそうだ。
◇
三月末、明子の荷物が部屋に運び込まれる。
明子と一緒に部屋を確認し、鍵や戸締まりの話を済ませた。莉理さんに家事を頼むかどうかも明子に伝えたが、決めるのは本人だ。まずは自分で暮らし始めて、必要なところを頼めばいい。
明子と一緒に引っ越し作業をしているとスマホに小春から連絡が入っているのに気づく。小説の感想の催促とデートの誘い。
それに小春からだけじゃなくて真琴からも休みの間に飯へ行こうと連絡が来た。
どちらも会いたいし、抱きたいとも思う。けど、まだまだ明子の面倒を見てやらないと駄目だなと思い返信を返す。
小春からは『妹さんが来たなら仕方ないですね』。真琴には『おっけー。落ち着いたら連絡して』と返された。
これでよしと思っていると、明子は段ボールの前に座ったままスマホをいじる俺を見ながら言った。
「お姉ちゃんも用事あるでしょ? 忙しいなら、あとは自分でやるよ?」
「この棚の組み立てもそうだが、最初は慣れないことだらけだ。一週間くらいは明子を優先するから気にするな」
「うん。ありがとね、お姉ちゃん」
俺が全部片づければ早く終わるけど、それでは明子を別の部屋に住まわせた意味がない。
工具を渡すと明子は説明書を広げ始めた。この程度は楽にこなして貰わないと困るけど、見るからにてこずっているようだから付いていてやるのが無難だな。
新しい生活に明子がある程度慣れるまでは俺が対応してやり、明子も自分の生活リズムを作っていく。
そんな日々は思いのほか早く過ぎ去り――入学の日となった。
チャイムが鳴って玄関を開けると、桜陵の制服を着た明子が立っている。襟元を直しながら俺の顔を覗き込む。
「どう?」
「似合ってるよ」
「それだけ?」
「じゃあ可愛いとか?」
「もっと気持ちを込めてよぉ!」
文句を言われても感想なんてそれくらいしか浮かんでこない。明子と同じ高校にこれから通うっていう感慨はあるけどな。
「忘れ物はないな?」
「確認した。お母さんにも聞かれたし」
「なら行くか」
式に出る母とは学校で合流する。エレベーターへ乗ると、明子は俺の隣にぴたりと寄り添う。
「これから一緒に学校行けるね」
「起きられたらな。毎朝迎えには行かないぞ」
「起きるもん」
マンションを出た明子が、俺より半歩先を歩く。
先輩たちが卒業し、明子が入学する。俺もこれで三年生。二度目の人生での高校生活最後の一年となる。
明子の件があったことで一時中断されていたけど、女たちとの関係がどうなるか――それもまた、考えていく必要があるよな。




