36話:最初のお客さん
明子の合格発表が終わってからは、我慢していた分を取り戻すように予定を三人と決めていく。久しぶりに女を買う生活である。
しかし、学年末試験があるからその後だ。
試験勉強期間中に遊び呆けるわけにもいかない。それもあって今回は真琴を家に泊めずに一人で勉強だ。
真琴一人だけ近くにおけば三人の間の均衡が崩れてしまうかもしれないからな。それに前回のアレを思えば真琴もぐいぐい来るだろう。多分今の俺では拒否できない。
女たちを使って長く遊ぶためにはバランス感覚が大切だ。もし真琴の成績が落ちても恋愛ゲームにうつつを抜かしている自分を恨んでもらおう。
まあ、勉強だけじゃなくて、明子のための部屋の契約とか、家具の調達とか忙しいから本当に時間が足りないってのもあるけどな。
◇
色々と忙しい日々が続くけどなんとか試験も終わる。
すると、莉理さんから連絡がきた。
『試験お疲れさま。明日、少し会える? 報告したいこともあるの』
『いいですよ。好きな時間に来てください』
そう返答するけど、家計の相談ではないようだがどんな話かな?
そして迎える翌日の土曜日。玄関を開けると莉理さんは財布から一枚のカードを取り出した。
「取れたよ」
差し出された免許証を、本人の顔と見比べた。
「写真より実物のほうがいいですね」
「そこじゃなくて、免許を見て」
「本当に取ったんですね。おめでとうございます」
三年生は一月末に学年末試験を終え、二月から家庭学習に入っている。莉理さんは学校の許可を取り教習へ通って、免許の試験まで済ませたという。
車は必要になってから買えばいいし、免許だけでも仕事の選択肢は増えるだろう。
「運転はどうでした? ゲームとは全然違うから緊張するはずです」
「本当にそうね。初めて公道に出たときは焦らないように何度も自分に言い聞かせていたわ。でも……英子ちゃんの口振りって経験ありそうに聞こえるけど?」
やべ! 前世の感覚で語ってしまったよ。
「動画とか、そういうので運転免許について調べたので分かった気になったのかもしれないです」
「そういうことね。あまり良くないけど、私も経験あるわ。ゲームで強い人のプレイを自分でもできる気になったりとかね」
「そんな感じです。これは戒めないとですね」
おし、セーフ! Eスポーツ部ならではの会話でなんとかなったぜ。
そんなことを思っていると、免許をしまった莉理さんが聞いてくる。
「それはそうと、妹さんのお部屋はもう決まったの?」
「同じマンションで借りられました。見ますか?」
ということで鍵を持ちだして部屋に向かう。
中を案内するけど、あるのはベッドと家電くらい。当然ながら人の生活臭はしない。家具は本人に選ばせたから、あとはそれ待ちだ。
俺の仕事は明子の受け入れまでをすること。いきなりその辺りを明子にやれと言うつもりはないからこれでいい。
「へぇ……もう暮らせそうね」
「足りないものは引っ越してからでも買えます。料理も最初は私が見れば」
「毎日、様子を見に来るつもり?」
「最初くらいは必要かなと思ってます」
「その『最初』がいつ終わるかちゃんと決めてる?」
これは痛いところを突かれたな。まだ全然決めていない。
莉理さんは空の台所を見回し、俺ではなく明子が使うことになる流しへ目を戻した。
「私が教えようか? 掃除も料理も一緒にやって覚えてもらうの」
「莉理さんが?」
「まだ就職先は決めていないけど、一案があるの。まずはそれを聞いてほしい」
俺の部屋へ戻ると、莉理さんは鞄からノートを出した。掃除、洗濯、料理。作業ごとに所要時間を書き込む欄まである。
これは今日思いついた話ではないな。
「今は英子ちゃんに体を売っているけど、それに加えて家事代行サービスも行う。というか建前としてはそっちが本命。これなら綺麗なお金として銀行に預けられるわ」
「なるほど……就職ではなくフリーランスですか」
今後も俺は莉理さんを抱きたい。でも莉理さんが得るのは汚い金だ。ならそれに綺麗なラベルを貼り付けてやればいい。
それにちゃんと業務実態もついてくる。莉理さんが俺の金に頼り切りになってしまうというリスクに目をつぶれば悪い提案じゃない。
俺が自分勝手に振舞うならかなり有りだよな……
「……どう?」
莉理さんが不安そうに俺を見ている。俺の返事が気になるのだろう。
まあ、客が俺なら試してみる余地はある。この案が社会をかなり舐めているのは確かだが、そのまま外でも通用すると思わせなければいい。
「いいでしょう。さらに詳しく話を詰める価値があります。私も莉理さんが心置きなく体を売ってくれるなら好都合です」
小春や真琴も悪くない。でも、体に関しては莉理さんが不動の一位。俺の好みに合いすぎているんだよな。
金で莉理さんを縛る関係になってしまうけど、出資者として独り立ちする手伝いも考える。そういうゲームだと思えばいいはずだ。
「そっか。じゃあ、柚木家に対する家事代行サービスと裏オプションってところかな? これで詰めましょう」
「それでいいですけど、裏オプション?」
「英子ちゃんと妹さんに対する家事代行サービスと、英子ちゃんだけが知っている裏オプションね。こういう言い方好きだと思って」
いやまあ、好きだけどさ……こういう俺の好みを探りに来るのは、莉理さんの得意技だな。
「私の親父くさい趣味を理解してくれて悲しいほどに嬉しくなりますね。でもやられっぱなしでは気がすみません」
「何か反撃があるの?」
「こんなのはどうです? ……莉理さんも、したいからですか?」
少し前までは性的なことに全然慣れていない莉理さんがこうも積極的になっている。つまり、そういうことなんじゃないか?
この俺の問いに莉理さんは――
「……えっちな女の子は嫌い?」
――さらに俺への特効をぶちこんできた。
少し照れたように笑い、それでも俺から目をそらさない。ゲームで俺の癖を読んで仕掛ける時と同じだ。
「……好きですよ。ああ、もう。分かりました。雇います。それでいいですね?」
完全に俺の負けだ。いいようにあしらわれているような気もする。中身の年齢なら俺が遥かに年上なのに。
くそぅ……本物の女の感性ってのはやっぱり鋭いのか? でも、嫌な気分じゃないんだから何とも言えない。
「うん。ありがとう、英子ちゃん」
莉理さんが俺に微笑んだ。
懸念点はあるけど、まあいいか。俺が気をつけていればいい。
お互いの同意が得られたところで莉理さんはノートのページを開いていくが、そこは料金表であるようだ。
「最初は月二十万円で考えてるの。学校に行っている間に家事をしておくわ。料理はその時の都合にもよるから別料金がいいと思う。これは英子ちゃんと交渉ね」
以前の支払いなら月に四十万を稼げている。でも使い道が限定されない二十万円の方を選ぶというわけだな。
「裏オプション込みなら安い。でも家事だけを素人の莉理さんに頼むなら高い。だから中間の案というわけですか?」
「うん。どうかな? 私に有利な案というのは分かっているけどね」
「いえ、私を納得させるための料金設定であるなら文句はないです。これを基本にして詰めていきましょう」
莉理さんを買っていたのに、まさかそれが家事代行サービスに変化するなんてな。
でもお互いに条件をすり合わせていくのはおもしろくもある。莉理さんがちゃんと弁えているというのもいい。
こうして月給という形ではなく、必要な時にスポットで呼び、一か月で二十万円程度になるよう依頼する案にまとまった。
「明子の部屋は本人と相談してからですね。まずは私の部屋で試しましょう。開業届の提出などもありますが、それは手伝います」
「そこまで手伝ってもらうのは悪いと思うけど……」
「今後なにかをする時に役立つかもしれませんからね。お金を払うのは私ですけど、一緒にやりたいってのは駄目ですか?」
「……そんなことない。英子ちゃんに手伝って貰えるなら心強いわ」
ということで、莉理さんが俺――いや、柚木家に対してビジネスを始めることになった。
所詮は身内で金を回し合うだけだが、就職しないなら莉理さんには時間ができる。そこで自分のやりたいことを探してもらうのもいいだろう。
俺は俺で莉理さんを今後も買えるし、なかなか面白くなってきたぞ。




