35話:この女、私だろ
「お姉ちゃんが押して」
「自分の結果だろ。自分で見ろよ」
受験が終われば、あとは結果の連絡を待つだけ。そのつもりだったのに、『土曜の発表、一緒に見て』と明子が頼んできた。
別に帰る必要はなかったけど、自分から関わった受験だ。甘いと思いつつも頼みを聞いてやることにした。
そうして戻った実家の居間で、今は発表待ちだ。テーブルのノートパソコンに明子と並んで向かい、母さんも背後から画面を覗いている。
「じゃあ、いくよ!」
明子が意を決してマウスを動かしクリックすると――結果が画面に映し出される。
「……受かった」
俺も番号を確かめる。うん、見間違いじゃないな。ちゃんと明子の番号だ。
「お姉ちゃん、受かったよ!」
「ああ。おめでとう」
勢いよく抱きついてくるから、明子を抱きとめてやる。
平静を装ってはいるけど、心臓はバクバクだ。
……これは心臓に悪い。嬉しいよりも安堵のほうが強いのが保護者目線ってことなのか?
「お姉ちゃんが教えてくれたからだよ」
「頑張ったのは明子だ。そこは自分を褒めとけ」
「でも、一人だったら無理だった」
「なら、手伝った甲斐があったな」
明子の頭を撫でてやる。ようやく俺にも喜びが湧き上がってきた。
――この嬉しそうな顔を見られただけでも、かけた時間と金を十分に回収できたかな?
休日出勤中の父さんに合格の連絡を入れながら、春までの準備を頭に並べる。教材に通学、それから住む場所。受かったとなれば、部屋も早めに押さえておきたいな。
「私のマンション、空きがあるか聞いてみるよ。もう一部屋借りられれば近いし」
「もう一部屋って、私の?」
「ほかに誰がいるんだ」
「お姉ちゃんと一緒に暮らすんじゃないの?」
……そこまで期待して受験していたのか。
両親とは別の部屋を借りる話をしていたが、明子にはまだ言っていなかった。合格前から住まいのことで気を使わせたくなかったからな。
「一緒に暮らしていたら飯の支度も家事も全部私がやるかもしれないからな」
「むぅ……私だって手伝うよ! お姉ちゃんばかりに負担をかけるつもりはないよ」
「やる気があるのは結構。なら一人で暮らしてみろ。せっかく実家から出るんだから何事も経験だ」
俺は何かにつけて世話を焼くなと母さんに叱られてきた。だからこれは俺の問題でもある。でもそんなこと話してもダサいから言ってやるつもりはない。
「……分かった。でも頼ってもいいんだよね?」
「同じマンションならすぐだ。何かあれば対応するよ」
「英子は何か困ったことがあったら助けてくれるんだから、最初は自分でやってみなさい」
母さんからも援護射撃が入り、明子はとりあえず納得したようだった。
これで良し。なら、ここからはまた俺の仕事だな。
◇
「妹さん、合格したんですね。おめでとうございます」
「ああ。春からうちに通う。肩の荷が下りた気分だよ」
二日後、小春と駅前のカフェで待ち合わせた。こちらから誘えという約束だったから誘ってやったわけだ。
受験明けの一番乗りは真琴だったけど、小春との約束を破るわけにもいかないからこうなった。
今日は延期していた食事へ行き、そのまま俺のマンションだ。久々に小春を抱けると思うと俺の気分も高揚している。
しかし、小春はただデートをするだけの日にするつもりはないらしい。
「それで、これを読んでもらいたくって」
小春は鞄からタブレットを出した。事前に聞いていた文芸部で出す小説らしい。
「感想を聞きたいです。我ながらよく書けたと思っているんですけど、やはり他の人の目にどう映るか気になりますからね」
「斜め読みでいいか? 面白いと思ったらあと全文読ませてもらうって感じで」
「はい。それで構いません」
ならいいか。タブレットを受け取り要点を抜き出して読んでいく。
大学物だな。入学した女が年上の女子学生と知り合うって話。そこまでは普通だ。
ただ、その先輩ってのが曲者で、普段の話し相手にもなれば、悩みを持ちかけると解決までしてくれる。非常に頼りになる女だ。
ところが、主人公が女同士でありながら先輩に恋心を抱き始めた頃、急に距離を取られてしまう。
想いを察して避けているのかと思いきや、気分次第でまた呼び出す。主人公はそのたびに振り回されているのだが――
「……この女、私をモチーフにしてないか?」
「私と先輩が大学生で出会っていたらと思いまして」
「なるほどね……」
主人公もどこか小春に似ている。最初は大学生活を上手く送るためにその先輩に取り入っていくのに、恋心を自覚したら彼女の言いなりのようになってしまう。
これって金が欲しいからって俺に接触してきた小春まんまじゃないか。
「……よくこれを私に見せたな。小春との関係の焼き直しを読ませられているみたいなんだが?」
「当事者なら先がどうなるか予想できますよね? それでも面白いと思わせたらこっちの勝ちです」
「そういう考え方もあるか」
まだ序盤だし、どこまで俺たちに重ねているのか気になる。画面を送ると、二人だけで済んでいた話に他の女が絡み始めた。
先輩が住むマンションへの泊まりが増えて、その中で一線を超えつつも決して恋人として扱われることはない。先輩にとっては数いる内の女の一人でしかないからだ。
だから先輩だけじゃなくて他の女とも接触しつつ、限られた先輩の時間をあの手この手で奪い合うという資源争奪戦のようなことになっている。
……普通に面白いぞ、これ。
エロさも行間に匂わせる程度だから、これなら部誌にも載せられるだろう。
というか、誰に近づき、どう出し抜くかを考えているうちに主人公と一緒に次の手を探してしまう。本質的には政治劇か何かに近いな。
「どうですか?」
斜め読みで最後まで目を通したが、なかなか上手く書けている。特に主人公の心理描写が濃いのが面白い。
「……こんなの書けたんだな。いいんじゃないか? 誰に向けての小説なのかまるで分からないけど」
「恋愛物として書いているから、一応女性向けですが駄目ですか? 百合物を好む女性はいますよ」
「女性向けの百合ってのがどんなものかは知らない。でもこれ、主人公がリスクを理解して決断していく話だろ。構造が男性向けになってないか? ウェブ小説サイトでよく見る溺愛だなんだってのとは真逆じゃね?」
「言われてみればそうですね……」
小春が悩ましい顔でタブレットを受け取る。読み返そうとしたのか画面へ目を落とすから、付け足しておく。
「どんな層を狙うかで評価も変わるからな。でも部誌なら、まず読んでもらえばいい。私にはあとでデータ送ってくれ。全部ちゃんと読む」
「はい。読者のことは考え直してみます。でも、先輩には気に入ってもらえたんですね」
「ああ。あとは、そうだな――」
小春には何度も困らされ、切ったほうが良くね? と思った。
でも本気で切りたいとは思わない。その理由がこの小説を読んで少し分かった気がする。
「私が小春を好きな理由が分かったよ。自分で考えて動ける人間だからだ。受け身になって誰かに好かれたいんじゃなくて、自分から好意を取りに行こうとする。リスクを負ってでもな」
もっとも、動かそうとしている相手は俺なんだから手放しでは褒められない。
思い通りになるつもりもないが、それで引き下がる小春だったらここまで付き合っていないだろうな。
「……英子先輩。私を好きって、本当ですか?」
小春が驚き聞いてくるから、素直な気持ちで答えてやる。
「好ましいって意味で好きさ。困ったことをする後輩だけどな」
「なんだか複雑です。恋愛的な意味じゃないんですから。でも――」
そこで言葉を切った小春は、何かに納得したように笑顔を浮かべる。
「私の嫌な部分かなと思っていたところを肯定してくれて……嬉しく思います」
嫌な部分……か。そういう面もあるだろう。
でも俺は人間のそういう生々しさが嫌いじゃない。だからそう思っただけ。しかしこれは――
「なんだかデートって雰囲気でもなくなったな。今日は止めとく?」
そう提案してみるが。
「何言ってるんですか! 最後までちゃんとやりますからね!」
椅子から立ち上がって文句を言ってくる小春。
どうやらムードよりも機会を大切にしたいらしい。こういうところもまた、俺が好ましく思う部分かな?




