33話:それぞれの春に向けて
母さんに相談すると、通える範囲の個別指導へ問い合わせてくれた。
明子も体験授業を受け、悪くないというので通うことになった。
こうなると俺の仕事は限定される。週末に帰って、個別指導でも理解できなかった部分を見てやればいい。遠慮なく聞ける相手としては役に立つだろう。
あとはAIを使って受験ゲームを作った。構想の通りにスキマ時間で遊べて、点を取ると演出がもりもり出るようにしてみた。
自分でやってみてもそこそこ面白い。主に暗記系ならこれでいけるはずだ。
一週間で形にし、翌週末に実家へ帰ってゲームを入れたタブレットを渡す。
明子はさっそく問題を解き始める。正解するたびに画面の駒が進み、三問目を終えたところで指を止めた。
「空き時間に使うにはちょうどいいかな? でも本当にゲームみたいだね」
「暗記科目は理解度より覚えているのが重要だからな」
「だけどジャンルがバラバラじゃない? 英単語の後に歴史が出て来て少し困るよ」
「それがいいんだ。ランダムに出てくるから文脈で楽をさせない。点取りはおまけで記憶を定着させたいわけだからな」
「へぇ、よく考えてるんだね」
「下調べして作ったからそうなったんだ。ただのゲームじゃ意味ないだろ?」
今はAIに聞けば大学レベルの研究が簡単に調べられる。俺の前世じゃこんな試験勉強を考えつくのは無理だな。
ここまで色々とできるなら、もっと早くから使っておくべきだった。遊び始めた明子を横目に、次はどこを改良するか考える。
受験は学校にも相談し、併願で受けることになった。第一志望は変わらないが、もし落ちても勉強した分は残る。そう考えれば俺も少しは落ち着けるか。
そこへスマホに通知が入った――莉理さんからだ。
『今度、少し時間をもらえる? 卒業後のこととか相談したくて』
冬休みに入れば俺も実家へ帰る。それまでの平日なら時間は取れると返し、うちへ来てもらうことにした。
◇
「妹さんのことで忙しいのに、ごめんね」
「ある程度は落ち着きました。あとは妹次第ってところですね」
数日後の放課後。テーブルへ飲み物を置くと、莉理さんはノートパソコンの横に積んだ中学生向けの教材へ目を向けた。
「英子ちゃんまで受験生みたい」
「自分の試験より真面目にやってるかもしれません」
「英子ちゃんらしいね。自分よりも人の勉強を見るほうが楽しいんじゃないの?」
「否定はできませんね」
俺は将来に悩みがない。だから自分より他人を優先できる。
金が有り余っているのはやはり大きい。だから自分の勉強はほどほど程度で大学進学もあまりする気はない。
残りは余生とでも考えて趣味に生きるだけ――でも、二度目の大学生活ってのも趣味としてはありか? その場合は真面目に勉強を続ける必要があるな。
まあ俺のことはいい。とにかく莉理さんの話を聞こう。
鹿島家の家計も見慣れたものだ。引っ越し後の一年くらいは付き合うつもりだが、今のところ問題は起きていない。
「一応、確認ってだけなんだけど、問題ないわよね?」
「ええ。何か大きな出費が決まったら、その時に見直せばいいと思います」
「うん。だからその大きな出費を減らすって意味もあるんだけど――卒業したら働こうと思ってるの。大学へは行かないつもり」
莉理さんは家計のメモを閉じ、その上へ手を置いた。
今の資産と収支なら急いで仕事を決めなければ暮らせないわけではない。
それでも自分の収入があるほうが落ち着くというのなら、止める理由もないな。
「最近はAIの浸透が凄いですからね。私達が大学を卒業する頃には何が起きているか分かりません。かなり有りな選択だと思いますよ」
「そこまで考えているわけじゃなかったんだけど……でも、英子ちゃんにそう言ってもらえると心強いわね」
「勝手な想像ですけどね。でもどんな会社を選ぶんですか?」
「まだそこまでは……でも考えていることがあって、受験勉強がなくなるでしょ? だから車の免許でも取ろうかなって。車はまだ買わないけど」
俺もいずれ取る予定だし、今後のために持っておくのはいいだろう。
「いいと思います。免許があれば就職先の選択肢も増えますよ」
他人の家の事情ではあるけど、ここまで首を突っ込むんだから莉理さんのサポートはしてあげたい。多少の責任感もあるしな。
そんな感じで家計について相談を進めていると、ふと話が変わる。
「卒業したら当たり前だけど、学校で英子ちゃんと会えなくなるのよね……」
「学生時代の先輩後輩同級生なんてそんなものですよ。でも、私と莉理さんの家は近いじゃないですか。いつでも気が向いたときに会えばいいんです」
「そうね。また英子ちゃんを家に呼びたいし、私もこうして来たいわ。卒業したあとも」
「今回みたいに連絡してくれればいいですよ。それに――今は忙しくてそれどころじゃないけど、今後も莉理さんを買い続けたいですからね。そういう意味でも縁は切りたくありません」
「……そうね。私もそう思う」
莉理さんも俺との関係を続けてくれるみたいで一安心。そこで莉理さんは教材の山へもう一度目を向ける。
「妹さんが受かったら、一緒に住むの?」
今後も関係を続けていくなら、そこは気になるところか。
「いえ。一人暮らしをさせようかなと思ってます」
「そうなの? それは何故?」
「同じ部屋にいたら私が手を出しすぎそうなので。飯を作って、片づけて、起こして……せっかく一人暮らしをする機会があるなら、自分でやってみるべきですからね」
「でも、自分事だから分かっているけど、高校生には結構大変よ?」
「莉理さんは家庭を維持するためでしょ? 全然違いますよ。私だって家事なんてそれなりにしかやってません」
女を呼ぶから綺麗にはしているけど、毎日掃除なんてしてないしな。洗濯だって溜めてから一気にやったりするし。
「確かにそうね……それに何事にもチャレンジするのはいいことよね。もし駄目そうなら手伝ってあげればいいし」
「はい。やらせてみてからですね。まあ、受からないことには始まりませんけど」
「そうだったわね」
話が早すぎたかな? 莉理さんと笑い合い、今日の相談は終わった。
帰り際には近いうちに今後のことをもう一度相談していいかと聞かれた。仕事のことだろうと思って、分かる範囲でよければと答える。
「ありがとう。今度はもう少し考えてから話すね」
そう言って、莉理さんはどこか楽しそうに笑いながら帰っていった。
◇
冬休みは実家へ戻った。明子が個別指導で教わった問題を家で解き直し、俺は詰まったところを一緒に考える。
クリスマスなんて論外で、年末に遊ぶ予定もなし。今年は妹と一緒に中学の問題集とばかりにらめっこをしている。
大晦日までは決めた分をこなした明子も、元日の朝には気が緩んだらしい。部屋から居間でくつろぐ俺の元へやってきた。
「今日くらい、午後からでもよくない?」
「午後にずらして、夜までに終わるのか?」
「……たぶん」
「昨日決めた時は午前中からやると言っただろ」
居間のテレビへ向いていた顔が、不満そうにこちらへ戻る。
「お正月なのに……」
「同じ高校へ行きたいと言ったのは明子だぞ。私も手伝う。でも、お前がやらないなら元の志望校に戻せ」
そう言ってやると明子は黙った。きつい言い方だけどここにきて甘くはできない。
「……やる。戻さない」
「そっか。なら私も手伝うよ」
部屋へ向かう明子の背中を見送り、俺も飲みかけのお茶を片づける。
明子が問題を解き終わったらチェックして、集中が続かなくなったら気分転換の散歩にでも行けばいい。付きっきりになるけど、それも俺が好きでやっていることだ。
冬休みが終わってからも週末には実家へ通う。そんな日々を続けていると気がつけば入試が目前に迫っていた。
入試前日の夕方――インターホンに明子の顔が映る。
朝に実家から出るより、学校近くの俺の部屋へ泊まるほうが楽だからな。一晩泊めて、最後の確認も一緒にして明日に備える。
玄関を開けると、明子は肩のバッグを持ち直して笑っていた。
「来たよ、お姉ちゃん」
「ああ。寒かっただろ。入れ」
思えば明子は俺のマンションには初めて来るのか……それが高校受験のためってのも、なんだか感慨深いな。




