31話:妹には勝てない
期末試験の最後の答案を出し、家へ戻るなりカレンダーを開いた。
真琴とは買い物、小春とは食事、莉理さんの家にも行く。体を買うだけの関係から恋愛ゲームにまで発展してはいるけど、それなら対処は簡単だ。
俺の予定は俺が決める。俺に惚れている? 結構なことじゃないか。主導権は俺にあるんだからな。
そう考えれば余裕も戻る。女たちの想いを受け流しつつ、楽しませてもらおう――そう思ったところへ新しいメッセージが来た。
『お姉ちゃんと同じ高校を受けることにした!』
……何だって?
柚木明子――アキコじゃなくてメイコと読む――は二つ下の妹で今は実家から中学校へ通っている。
進学先は家の近くで探していたはずだ。電話をかけると、二度目の呼び出しですぐに出た。
『もしもし、お姉ちゃん?』
「桜陵を受けるっていつ決めた」
『前から考えてたよ。やっぱり同じ学校がいいなって』
「十二月になるまで黙ってたのか?」
『決めてから言おうと思って。お父さんとお母さんには話したよ』
学校の先生とはこれから相談するという。まだ決定事項ではないようだが、それでも急すぎる。
「最近の模試の結果は?」
『偏差値五十二くらいだね。一番いい時は五十五あったよ』
……もう少し上で揺れてほしい数字だな、微妙すぎる。
試験の種類もコースも分からないから何とも言えない。とはいえ、現状では厳しそうに思えるのは確かだ。
桜陵高校はかつての名門だけあって、レベルが落ちた今でもそれなりだ。余裕をもって合格したいなら偏差値六十は欲しい。
「無謀とは言わないけど、分の悪い賭けだぞそれは」
『だから勉強はしてるよ。でもやっぱり大変なの。数学の問題とか解説を読んでも分からないところがあって……』
「なら週末に帰る。模試の問題と答案、使っているものを全部出しておけ」
電話越しに聞いているだけじゃ駄目だ。実態を知らないとどうにも判断がつかないな。
『来てくれるの?』
「ああ。まずは確認のためだ。父さんたちとも相談する必要があるからな」
『そっか。なら、うん。待ってるね』
通話を切って、開いたままだったカレンダーへ戻る。真琴との買い物は週末だ。
「先約を守る程度の節操はある、か……」
あの公園で偉そうに言ったのは俺である。しかしその先約よりも優先するべき事があればどうなる?
……平身低頭、真琴には謝るしかないな。
◇
「本当に悪い。買い物、別の日にしてくれないか」
翌日の放課後、駅前のカフェで真琴に事情を話した。
頭を下げて謝ると、真琴は不機嫌になるどころか、俺の顔を覗き込んできた。
「妹さん、今から志望校を変えるんだ」
「今になってなんだそれは? って思ったけどな。それでもまず答案を見てから考えたいんだ」
「それなら行ってあげなよ。代わりの日はあとでいいから」
「すまない。ありがとう」
もう一度頭を下げた俺を、真琴は興味深そうに見ている。
「英子がそんなに謝るの、変な感じ」
「私から誘っておいて予定を変えるんだ。そりゃ謝るよ」
「ま、そーだね。英子はそういうところきちんとしているし」
高校からの友人とはいえ、真琴は俺のことを良く知っている。それもあって許してくれるのだとは思うが、そこは素直にありがたい。
となれば、小春と莉理さんにも連絡しないとな。そう思ってスマートフォンを操作していると――
「小春ちゃんと鹿島先輩にも謝るの?」
今まさにいつ約束したかの確認をするところだけど、鋭い奴だな。
「そりゃ当然だろ」
「ふうん……試験が終わったら全員と遊ぶつもりだったんだ」
「小春が仕掛けたとはいえ、真琴も莉理さんも乗って来たじゃないか。なら割り切って遊ぶほうが得だろ?」
「ほんとにまあ、誠実さの欠片もないよね英子は」
「金で売り買いする関係に求められる誠実さってのは明朗会計と成果物の提出だよ。その点では誠実さを求めるのは金を支払う私のほうじゃないか?」
「屁理屈がそうもポンポン出てくるところは逆に尊敬できるわ……まあ、英子らしいけどね」
真琴は呆れながらも納得はしたようで、目の前のカップを持ち上げてストローに口を付けた。
「とにかく。謝罪を受け入れてもらって感謝しているよ。まずは妹の件をどうにかしないと他のことに身が入らないからな」
「……うん。待ってる。家族のことだもんね」
少し寂しそうに笑う真琴に後ろ髪を引かれる思いはある。
でも、真琴も納得してくれたんだ。とりあえずこっちはオーケー。次は小春だ。
◇
小春は駅前のそれなりに高い洋食屋に呼び出すことにした。今度のデートは延期だと説明し、この夕食は詫び代わりと言ってやる。
妹の志望校変更と模試の結果まで話したが、小春の表情に怒りはない。ただ、俺をじっと見ている。
「食事の約束は、これでなくなったことにはならないですよね?」
「詫びだと言ったろ。だからこれはノーカンだ。次がいつになるか分からないのは悪いと思っているよ」
「そうですか……なら待ちます。落ち着いたら先輩から誘ってください」
わざわざ俺からという条件をつけるあたり、一番引っかき回してくれただけはある。
――まあ、別に気に障りはしない。というか、俺がこう考えるから少しでも何か利を取ろうとしているんだろう。
そんな小春に感心しながら、注文を済ませた。
俺が頼んだのはチキンステーキ。だが小春は「詫びなら遠慮はいらないですよね?」ってことでワンポンドステーキを頼みやがった。
こういう図太さは小春の良いところでもある。
「――じゃあ妹さんは、来年私の後輩になるわけですね」
「受かればな。今はそこを何とかしないと」
「模試の結果はちょっと厳しいみたいですけど、英子先輩がサポートにつけば大丈夫だと思いますよ」
「そうであれば嬉しいけど、物事は人の思う通りに進んでくれないさ」
「あ、それ実感あります。英子先輩は全然私の思い通りに動いてくれないですからね」
「お互い様だろうが。私も小春には苦労をさせられているよ」
お互いに笑いながらそんなことを言い合えるんだから、思っていた以上に俺たちの関係に変化はないのかもしれない。
まあ、それならそれで俺も自然体で振る舞えるからいいけどな。
さて、小春とはこれでよし。次は莉理さんだ。
◇
小春と別れて帰宅しながら莉理さんへ電話すると、快く謝罪を受け入れてくれた。
『来年は颯太も受験生だから、あとで妹さんとどんな勉強をしたのか聞かせてね。参考になるかもしれないから』
「ええ。何をするのかまだ考えてはいませんけど、データは残しておきますよ」
『それでいいわ。じゃあ、妹さんの受験勉強頑張ってね』
それだけで電話が終わる。莉理さんは切り替えができる方だから正直助かった。
とはいえ真琴や小春とは違って電話で済ませてしまったからな。その点は考慮に入れて次はもっと気を使わないと。
とりあえず女に関する予定と問題は棚上げできた。明日から明子の勉強に集中しよう。
そう決めて家へ戻ると、明子から数学の問題の写真が届いた。解説の途中で分からなくなったらしい。どの式から止まったのか聞き、抜けている計算を送ってやる。
『分かった! ありがとう』
『答えを隠してもう一回やれよ。明日、ノートも見せろ』
返事は少し遅れたが、『はーい』と来た。読んで分かるのと自分で解けるのは違う。まずはそこからだ。
◇
翌日の土曜日。朝早くから実家へ向かう電車の中で明子から通知が続いた。
『駅まで迎えに行く!』
『寒いから家にいろ。荷物も少ない』
『でも早く会いたい』
そう言われると俺としては弱い。
自分でもシスコンである自覚はあるからな。どうにも嬉しくなってしまう。
『好きにしろ』
何を言っても聞かなそうだったから、それだけ短く返すと『行きます!』という威勢のいいスタンプが送られてくる。
そこまで執着するような事か? と思ったけど、前に実家に帰ったのは正月だからな。社会人のノリで家族と距離を置く俺と明子では感覚が全然違うか。
でも、ほぼ一年ぶりか……少しは成長しているかな?




