30話:楽しんでやろうじゃないか
三人が何を欲しがっているのかは、もう嫌というほど分かった。
だからといって、ここで答えを出してやる義理はない。
誰と帰り、今夜をどう過ごすかまで三人の勢いに押されて決めるのは違う。あくまでも俺の意思であるべきだ。
「今日は小春と帰る。朝からそう決めていたし、今も変える気はない」
「……あれだけ言われて小春ちゃんと帰るんだ?」
真琴の声からさっきまでの勢いが少し削げる。俺が何を選ぶのか、多少は期待していたらしいなこれは。
「真琴が無料でいいと言ったからって、予定を変えるほど節操なしじゃないよ」
「女の子を三人も買ってる奴が、節操を語るってどうなの?」
「先約を守る程度の節操はある」
我ながら胸を張れる話じゃないな。
それでも真琴からこれ以上の追及はない。莉理さんも小さく息を吐き、何かを噛みしめるように何度か頷いている。
「じゃあ、私が先に誘っていたら私と帰ってくれた?」
「ほかに予定がなければ考える」
「考えるだけ?」
「必ず応じるなんて約束したら、それこそ束縛だろ」
「そっか。なら、次はもっと早く誘うね」
真琴は取り出したスマートフォンへ目を落とし、すぐに指を動かし始める。
俺の空いている日でも探っているのなら切り替えが早すぎる。
でもまあ、ネチネチ言ってこないんだから、健全とも言えるか。
「私も、次は早めに聞いたほうがよさそうね」
「莉理さんまで乗らないでくださいよ」
「だって、先約なら優先してくれるのよね?」
莉理さんの声も笑顔も穏やかなままだ。それでも、真琴や小春へ譲るつもりがないことだけは伝わってくる。
断られても次の約束を取りに来るのはバイタリティがあって結構なことだ。その元気で今後の面倒が増えるとなると、頭が痛いけどな。
「――英子先輩。そろそろ行きませんか?」
繋いだ手を小春が引いた。
二人を呼び出し、俺との関係を暴露し、人前でキスまでしたくせに予定どおり一緒に帰れることが嬉しくて仕方ないらしい。
「その前に、お前には言っておくことがある」
「なんですか?」
「勝手に二人を呼んだ件だ。写真じゃなければいいなんて屁理屈は通らない。次に同じようなちょっかいをかけたら、その時は本当に切る」
流石にここは強く言っておかないとな。
この発言は少しは効いたのか、小春の指から力が抜けた――と思ったら、すぐに戻る。
それどころか俺の指の間へ自分の指を深く差し込んできた。
「分かりました。でも、今日は私と帰ってくれるのは変わりないですよね?」
「ああ。約束を反故にはしないさ。でもな、改めて言うけど今後は真琴や莉理さんへ余計なちょっかいをかけるな」
「……はい。分かってます」
小春の顔を見れば反省しているように思えるけど、どこまで効く警告なのかは怪しい。
でもまあ、少しは効いているはず。今はそう思っておけばいい。主導権を取り戻せれば小春の心はさほど重要じゃないからな。
「じゃあな真琴。莉理さんも、また学校で」
「うん。またね、英子」
「またね、英子ちゃん」
二人の声を背中に受けながら、小春と公園をあとにした。
隣を歩く小春は最初はちらりちらりと俺を窺っていたけど、少し歩けば上機嫌になる。
今の俺が本気で怒っているわけじゃないことが伝わったようだ。切り替えの早さは小春の美点かもしれないけど、それが今回の件を引き起こしたのなら扱いに困るな。
まあ、それはそれとして最後の公園に目をつぶれば今日一日はそれなりに楽しかった。
小春はときおり顔をこちらへ傾けては口元を緩めている。この顔だけ見ていれば、厄介なことをした奴には思えないんだけどな。
「今日、私を選んでくれましたね」
こんな発言が出るあたり、真琴と莉理さんを前にして自分が選ばれた事実は嬉しいようだ。
「今夜はな。でも勘違いするなよ。お前を一番に選んだわけじゃない」
「ちゃんと理解してますよ。今はそれでいいです」
「……またそれか」
聞き捨てならないが小春の狙いはもう分かる。
恋人になるだの、一番になるだの、そんな面倒な立場を少しずつ押し広げるつもりなんだろう。
それを承知で、俺は繋いだ手を振りほどかない。これ以上の好き勝手は、ここまでした小春だからこそ控えるだろうしな。
マンションへ着くと、朝から留守にしていた部屋はすっかり冷えていた。照明と暖房をつけ、コートを脱いでようやく息をつく。
朝に渡した一円で取引は成立している。小春が条件にした一日のエスコートも、途中で余計な騒ぎこそ起きたが最後までやり遂げた。
さて……あんなことがあっても、俺の性欲に変化はないのか? ……ないな。その割り切りはできている。
というか、今日は小春への鬱憤もあるから本気で小春を泣かせてやるつもりだ。それも込みで策略だとするのなら、今度は本心から小春を褒め称えてやってもいい。
「シャワー行くぞ。今日は本気でお前を抱くからな。私を苛立たせたんだからその責任を取れ」
「それは……」
「なんだ? 嫌なのか?」
「違います! 望むところです、英子先輩!」
脅しのつもりで言ってやったのに、一瞬言いよどんだ小春はもう物怖じせずに俺を見つめ返してくる。
気合は十分……か。なら、最後まで楽しませてもらおう。
◇
小春を玄関から送り出したのは、夜も遅くなってからだ。帰りはタクシーを呼んでやった。
翌日は試験前最後の日曜である。ちゃんと勉強をしろと念を押したのに、エレベーターを待つ間も小春は機嫌よく次の約束をねだっていた。
それに呆れながらも見送り、部屋に戻って鍵を閉め、寝室へ向かう。
心地よい疲労感とともにベッドへ身体を投げ出してスマートフォンを見ると、画面には三人からのメッセージが並んでいる。
小春からは、今日は楽しかったという礼と、また誘ってほしいという催促。
莉理さんからは、試験が終わったら家へ来ないかという誘い。
真琴からは、次に空いている日はいつかという質問。
「やっぱりめんどくせぇな。切るか……?」
口に出してはみたものの、指はどの連絡先にも伸びていかない。
公園では小春を残せば一対一で答えを迫られずに済むと考えた。便利な理屈だ。でも、三人から誘いが来ただけでこれでは牽制させるも何もないだろう。
それでも連絡先を消す気にならないのだから、俺は結局――誰も切りたくないだけなのだ。
小春は厄介だ。俺の理屈を理解したうえで穴を探し、望む扱いを引き出そうとする。
それでも一緒に出かければ楽しいし、女として扱うたびに期待以上の反応を返してくる。
毎日やれば飽きはするけど、間を空ければまた会いたくなる。身体の相性は抜群で、簡単に手放せる相手ではない。
莉理さんといる時間には別の楽しさがある。家族の相談へ乗り、食卓を囲み、時には俺のほうが欲しがっていることまで見抜かれる。
静かに隣へ入り込んでくるあの人を、部活だけの先輩へ戻したいとは思わない。
真琴はもっと単純だ。勉強を見て、遊びに出て、くだらない話をして、遠慮なく俺の生活へ居座ってくる。
たとえ親友の枠からはみ出し始めても、あの気安さまで失いたくはない。真琴がいなくなれば俺の日常は間違いなくつまらなくなる。
三人とも一緒にいたい理由が違う。一人を選べないというより、わざわざ絞って楽しみを減らしたくないんだな、俺は――
ずいぶん我儘な話だ。でも、あいつらだって俺とどうなりたいかを勝手に決めている。なら、俺だけが相手の希望どおりに付き合い方を変えてやる必要もないだろう。
恋人になれとも、ほかの二人を切れとも、今のところは言われていない。今夜だって不満そうにはしていたが、最後は俺が小春と帰るのを見送っている。
……なんだ。俺が難しく考えすぎていただけか?
結婚相手を決めろと言われているわけじゃない。所詮は高校生同士のお遊びだ。誰と出かけるか、誰を先に誘うかで張り合っているだけなら、俺も楽しいと思う誘いに乗ればいい。
真面目に受け止めたら面倒なのは間違いない。だが、面倒だからと全部手放して、そのあと一人で何を楽しむつもりなんだよ。
スマートフォンのカレンダーを開く。試験が終わったあとの予定には、まだいくつも空きがある。
莉理さんの家へ行くのもいいし、真琴と遊ぶ約束も入れられる。小春だって、今日みたいに俺の趣味へ付き合ってくれるならまた誘ってやればいい。
誰か一人を選べと迫られたら、その時に考えるさ。あいつらの勢いに呑まれて今から自分で窮屈にすることはない。
そう思えば、並んだ通知にも返す気になる。誰の誘いを断るかではなく、何をして遊ぶか考えるほうがよほど俺に向いている。
どうせ付き合うなら、楽しむだけ楽しんでやろうじゃないか。
所詮は恋愛――こいつらに振り回されて終わるなんて、俺の趣味じゃないからな。




