23話:何もない一週間
――三人とも俺に恋をしている。
小春からそんな馬鹿げた話を聞かされた週末を境に、俺の周りは不自然なほど静かになった。
休みが明けても、真琴は教室でいつもどおり話しかけてくる。ただ、二人きりになってもキスを求めてこない。
鹿島先輩も部活では普段と変わらず、俺が下手を打てば容赦なく指摘するだけ。
小春に至っては廊下ですれ違った時に頭を下げたきり、自分から近づいてもこなかった。
スマートフォンへ届くのは、家族と部活からの連絡ばかり。静かで結構なことだ。
面倒な恋愛ゲームへ巻き込まれるより、学校へ通い、部活で遊び、家に帰って好きなゲームをする。俺が望んでいた二度目の高校生活とは本来こういうものだったはずだ。
ところが数日も続くと、今度は暇になってくる。
「今日、飯行かない?」
水曜の放課後、誰かから誘われるのを待つのも馬鹿らしくなり部活の帰りに中島を誘う。雑に誘える友人は女以外にもいる。ならそちらとつるめばいい。
「安いところならな」
「給料日前?」
「ゲーム買っちまったんだよ。だから高いところならパス」
「なら駅前の定食屋にしよう。あそこなら安いし量もある」
「あそこか。いいよ、行こうぜ」
ということで中島と並んで駅前へ向かう。行き先さえ決まれば、あとは気楽なものだ。
向かったのは学生向けの大盛りを売りにした店だ。中島は鶏の唐揚げ定食、俺は生姜焼き定食を選び、運ばれてくるなり互いの皿から一つずつ交換する。
「でも珍しいな。柚木から俺を誘うなんてさ」
「暇だから誘った。それに男と一緒に飯を食べに行きたい時もある」
「……柚木以外に言われたら嬉しいかもしれないけど、柚木だからなぁ……」
「嘘つけ。私に誘われて少しは嬉しいくせに」
「いやまぁ……そうだけどね」
なんだかんだ言ってこいつは俺に惚れているのかもな。ただし一線を超えてくることはない。関係を壊したくないからか?
それが今はありがたい。童貞男子高校生には悪い気もするけど、俺が望むのはこういう関係だ。
「――そういや、次のパッチで俺の使ってるやつ弱くなるらしい」
「またか。中島が強くなるたびに弱体化されてない?」
「俺を基準に調整してるからな」
「ならチャレンジャーになってから言えよ、グランドマスター様」
話すことといえば、ゲームの調整や部活の話、それから中島が最近見つけたラーメン屋くらいだ。
この数日、俺は真琴の顔を見ればキスをしない理由を考え、鹿島先輩の態度から小春の言葉を検証しようとしていた。向こうは普段どおりなのに、俺だけが余計な意味を探している――実にくだらない。
中島を相手にすればそんなことを考える必要はない。食いたいものを食い、ゲームの話をして、次に行く店を決める。説明も探り合いもない相手は楽でいい。
「じゃあ、次に行くならさっき言ったラーメン屋だな」
「うまいんだろうな?」
「俺の舌を信用しろ」
「飯に関してだけは信用してるよ」
「だけは余計だ」
店を出る頃には小春の断言をしばらく頭から追い出せていた。答えが出たわけではない。ただ、考えずに済む時間は存外に心地よい。
◇
金曜の昼休み、次の授業の教科書を出していると真琴が俺の机へ両肘をついた。
「英子、三連休のどこか空いてる?」
「今のところ全部空いてるよ」
「じゃあ日曜、遊びに行かない?」
一週間ぶりの私的な誘いだが、真琴の声は普段どおり軽い。写真のことにも、教室でキスしなくなったことにも触れてこない。
「いいよ。何する?」
「まだ決めてない。買い物して、どこかで適当に遊んで、ご飯食べる感じでよくない?」
「いつものやつだな」
「いつものが一番楽しいじゃん」
「それもそうか」
真琴は満足そうに頷き、俺のスマートフォンへ待ち合わせ場所を送る。最近やたらとしていたスキンシップもない。ただ付き合いの長い友人と休日の約束をしただけだ。
肌の触れ合いを否定はしないけど、やはりこざっぱりした関係のほうがいいかもな。
内心で納得しつつ放課後は部室へ向かい、五人で何試合か遊ぶ。片づけを終えたところで鹿島先輩が俺の席へ寄ってきた。
「柚木ちゃん、明日からの三連休は予定ある?」
「日曜は真琴と遊びます。ほかは空いてますよ」
真琴の名前を聞いた瞬間、先輩の視線がわずかに止まる。それでも表情は変えず鞄の持ち手を握り直した。
「颯太と美羽がね、引っ越しを手伝ってもらったお礼をしたいって言ってるの。うちへ来てもらえないかな?」
「明日でいいなら行きますよ」
「本当? 二人も喜ぶと思う」
「大げさなお礼は要りませんからね」
「分かってる。三人で考えたから、楽しみにしていて」
その言い方から察するに、すでに何か準備しているらしい。家族からの礼なら断るほうが角が立つし、颯太くんの料理がどうなったかも気になるから断る選択はないな。
土曜は鹿島家、日曜は真琴。図らずも、小春が俺へ恋をしていると言った二人と続けて会うことになる。
ある程度の自覚はある。それでも、小春の話を信じたわけじゃない。ここで本人たちの様子を見れば――何かを得ることができるはずだ。
その何かが……俺の望むものであるかは分からないけど……
◇
土曜日、鹿島家で待っていたのは颯太くんが作った昼食と、美羽ちゃんが選んだ小さな菓子折りだった。
颯太くんの料理は以前より手際がよく、味も十分にまとまっている。偉そうに採点するつもりはなかったが本人が感想を求めるので、火の通し方と味付けを素直に褒めた。
鹿島先輩は食卓の向かい側で笑い、食後には新居で困っていることをいくつか話したものの、無理に俺を引き止めようとはしない。
帰り際も「また来てね」と言っただけで、身体の取引を再開する話は出なかった。
日曜日の真琴も同じである。
駅前を歩き、服を見て、ゲームセンターで対戦し、夕食を食べる。俺の腕へ絡みつくこともなければ、人目のない場所へ連れ込もうともしない。
友キスに飽きたのかと一瞬考えたが、こちらから尋ねるほどの話でもない。
「今日は楽しかったね」
別れ際、真琴が笑って手を振る。
「ああ。また学校で」
「うん。明日は会わないからね。ちゃんと休んでよ」
「母親みたいなこと言うなよ」
「先週まで遊びすぎだった英子が悪い」
最後まで、それだけだった。
マンションへ帰りソファへ身体を沈める。二日続けて遊んだ疲れはあるけど、妙な引っかかりは残っていない。
鹿島先輩は家族と一緒に礼をしたかっただけ。真琴も普通に遊びたかったのだろう。写真の件で一度機嫌を損ねても、それを引きずっている様子はなかった。
少なくとも、この週末の二人から俺を取り合うような気配は感じない。
「……結局、何もなかったな」
口に出してみると、小春の断言がますます大げさに思えてくる。
とはいえ、最初から嘘だと切り捨てるのも思い込みだ。もう少し様子を見てそれでも変わらなければ忘れればいい。
そう結論づけたところでテーブルの上のスマートフォンが震えた。
『明日、会えませんか?』
送り主は小春。
ちょうどいい。俺もあいつが何を考えているのか一度落ち着いて聞いてみたかった。明日は振替休日で、時間ならいくらでもある。
『いいよ。昼からでどうだ?』
送信して一分も経たないうちに待ち合わせ場所を指定する返事が届く。
さて、あいつは何を言ってくるのやら。




