22話:三人とも先輩に恋してますよ
真琴はスマートフォンを引っ込めず、机越しに俺を睨んでいる。
「買った子とはキスしないんじゃなかったの? 友キスは私だけのはずだよね?」
「そんな約束はしてないだろ。それと声落とせ……流石に朝の教室で話すことじゃない」
周囲を確認すれば俺たちに意識を向けている奴らはいない。こんな話が広まったら面倒なことになるかもしれないからな。
「……まだ時間がある。違う場所で話そう」
不機嫌さを隠そうとしない真琴もこれには同意した。二人で教室を出て別校舎の人気のない場所に向かう。
……ここならいいだろう。
「――で、なんだったか。友キスがどうたらって話だよな?」
「そう……するのは私だけじゃなかったの?」
「そんなこと言った覚えはないんだけどな」
「でも……そういう話だったじゃん」
真琴の言い分も分からないではない。あの時の雰囲気からして、そういうニュアンスは確かにあった。
俺たちは恋愛をしているわけじゃないし、真琴はレズというわけでもない。無理やり分類してやれば百合らしいとか、そういう話になった。
俺の中身もあるし、それが正解でなくとも真琴にとっては真実なのだろう。俺だけとキスする真琴なりの言い訳か何かだとは思う。
あの話を聞いた時点では俺もそのつもりだった。真琴以外と積極的にキスをするつもりはない。
でも、気分が変われば話も変わる。小春としたのはそれが理由だ。
「小春がやりたいと言って、私もその気だったから応じたんだよ。恋人プレイも料金内だったしな」
「恋人プレイ? ……まあいいけど。でも私の時は違うよね? 親友だからするんだよね?」
「ああ、それは間違いない。恋人として真琴をみているわけじゃないからな。私のマンション以外でもキスをするのは真琴だけだ」
「そっか……小春ちゃんはお金を払ったからだよね?」
「私が払った側だけどな」
「そーだね。お金を払えばキスもできるってことね。ふーん……」
納得してないなこれは。
真琴はこれ以上追及してこない。難しい顔のまま、納得できないものをひとまず飲み込もうとしている。
親友だけの遊びを他ともした。それが気に入らないのだろう。嫌がる理由は分かるが、俺の行動に制約をつける権利まで与えたつもりはない。
――そこで授業開始の予鈴が鳴り、俺たちは教室に戻ることになった。
◇
放課後、部室で試合の準備をしていると鹿島先輩が俺の席までやってきた。
「柚木ちゃん、少し話があるんだけど、いい?」
なんだろう? 新しい相談事か?
「いいですよ」
「ならついてきて」
鹿島先輩に案内されたのは屋上へ続く扉の前だった。普段は施錠されているため、わざわざ階段を上がってくる生徒もいない。
妙なところに連れて来るなと思いつつ鹿島先輩を見れば、少し困ったような顔をしながら口を開いた。
「初瀬さんから、初瀬さんと柚木ちゃんがキスしている画像を見せられたの」
「は? 何ですか、それ」
「昼休みに直接ね。一応確認しておくけど、付き合っているの?」
「いや、全然」
「でも、キスはしたんでしょう?」
「小春がしたいと言ったので、恋人プレイの一つとして応じただけですよ」
「そうなんだ……うん。分かればいいの」
先輩はそれだけ言うと、先に階段を下りていった。
何を確認したかったのかは分からない。推測するとしたら……小春が俺の隣へどこまで入り込んだかの確認か?
鹿島先輩の変化は俺だって察しているさ。だから俺と小春のキスを気にかける。階段を降りる鹿島先輩の背中を見ながら、小春の行動へ意識を戻す。
あいつは真琴へ画像を送り、鹿島先輩には直接見せている。
これは――二人がどう反応するか分かったうえでやったな。
◇
翌日の放課後、小春を空き教室へ呼び出した。
叱られると分かり切っているはずなのに、窓際の机へ腰を預けた小春は妙に機嫌がいい。口元には薄い笑みが浮かんでいる。
「それで、お話って何ですか?」
「分かってるだろ。写真を真琴へ送り、鹿島先輩にも見せたそうだな」
「はい」
否定すらしないとは、いい度胸である。
「どういうつもりだ?」
「英子先輩が買っている女の子になら、見せてもいいと思ったんです」
「何でそうなるんだよ」
「みんな英子先輩とそういう関係ですよね? 同じ人を共有しているなら、一度くらい、お互いがどんな関係なのか知っておいたほうがいいかなって」
共有ってなんだそれは? 俺は三人に所有される商品じゃない。誰と何をするかは俺の勝手だ。
「余計なお世話だ。私が誰を買い、誰と遊ぶかは全部別の話だろ。お前が勝手に首を突っ込むな」
「でも、二人とも気にしたんですよね?」
「――探りを入れるな」
小春の目が細くなる。返事を聞く前から、俺が呼び出したこと自体を答えとして数えている顔だ。
「二人がどう反応するか確かめたかったのか? それがお前にとって何になる? 何かの利益になるのだとしても、私にとっては不愉快だ」
「……分かりました。もう勝手に写真は送りません」
「写真に限った話へ戻すな。今回みたいなちょっかいをかけるなと言ってるんだ」
俺の言葉に一拍置いて、小春は笑みを薄くした。
「……はい。英子先輩に隠れて同じことはしません」
「余計な手出しそのものをするなと言っているんだが?」
「はい、わかってますよ」
返事だけなら素直だ。しかし、反省した人間がする目には到底見えない。
「お前……もしかして恋愛ゲームでもしているつもりか? 金をもらっている分際で思い上がるなよ」
小春の薄っぺらい笑みが歪み、目に動揺が走るのが見て取れる。はっきり言ってやったことで心が傷ついたか?
それでも目を逸らしてこない。数呼吸してから、真剣な表情となって俺に問いかけて来る。
「……怒るんですね、英子先輩」
「怒るさ。約束の穴を探して、私の周りへちょっかいをかけたんだからな」
「それなら、やっぱり恋愛ゲームでいいじゃないですか」
「よくない。というか恋愛ってなんだ? 私は金で体を買っているだけだ。誰が誰に恋してるんだよ」
「霧島先輩も鹿島先輩も、英子先輩に恋してますよ。もちろん、私もです」
一瞬――三人の顔が頭の中で重なった。
小春の執着はとっくに金だけでは説明できない。真琴が親友の枠を広げたがっていることも、鹿島先輩が俺との関係を終わらせたくないことも気づいている。
だが、それぞれ理由の違う感情だ。……感情のはずだ。
それを恋という一語で束ねられると、今まで分けていたものの境目が急に曖昧になる。
「女を金で買うような最低野郎に恋? 何を言ってるんだ?」
「先輩の女癖は最低ですよ。普通にクズだと思います」
「そこまで言うなら惚れるなよ……」
「でも、一緒にいると楽しいんです。困った時は本気で助けてくれるし、女の子として扱ってくれる。あと、男の人みたいに性欲が強いところもかな」
「一つも女として褒められている気がしないな」
「最低なんですけど、惹かれるんですよね……」
小春が机から離れ、俺との距離を一歩詰めた。
「鹿島先輩は私と付き合っているのか気にしてました。霧島先輩だって、写真を見て何とも思わなかったなら英子先輩がこんなに怒って私を呼び出したりしませんよね?」
「……」
何かを反論しようとして、言葉が出てこない。
鹿島先輩は生活を立て直すために手を貸した経緯があり、真琴とは一年以上続く友情がある。
その関係性の中で、ただの先輩後輩や友人以上の何かになってしまった可能性だ。そんなことは俺だって分かってるさ。
小春は何も言えない俺を前にして、勝ち誇ったように笑う。
「ほら、反論できない。英子先輩って嘘が下手というか、嘘をつけない性格してますよね。そこが好きでもあるんですけど」
「……」
「ところで、今日は買ってくれないんですか?」
なんだこいつは? 主導権を握ったからって、いきなりこれか?
「こんな話をしたあとで買えるか!」
「ふふ。やっぱり気にしてくれてるじゃないですか」
「今日は帰れ」
「はーい。失礼します、英子先輩」
小春は笑顔のまま軽い足取りで空き教室を去っていく。決して俺に振り向くこともない。
こうして一人になると、真琴の声と鹿島先輩の顔が浮かんでくる。
――霧島先輩も鹿島先輩も、英子先輩に恋してますよ。もちろん、私もです。
小春の言葉が脳裏に何度も残響を残す。
「……そんなわけあるかよ」
誰もいない教室で否定しても、一度重なった三人の顔は簡単に離れてくれそうになかった。




