21話:恋人ごっこの記念写真
日曜日は予定どおり鹿島先輩の新居を訪ねた。買う関係が終わっても、引っ越したあとの相談に乗る約束は残っている。部屋の様子を見て、いくつか困り事を片づけて帰った。
そして週が明けると、真琴がやたらとキスしてくるようになった。
確かに俺はキスをしていいと言った。だけど、放課後に二人きりとなれば当然のように唇を重ねてくるのは何なんだ? 頻度も俺が予想していたよりかなり多い。
今日もクラスメートが全員帰った教室で、窓際の壁へ押しつけられている。
「こんなところでもやるのかよ……」
「キスにハマった。英子が嫌なら、学校ではやめるけど?」
俺の首へ腕を回したまま真琴が顔を覗き込んでくる。やめる気がある奴の距離ではない。
「嫌というか、回数が多くないか? 色々経験あるんだろ。それなのに今さら何なんだよ?」
「だって、女の子同士のキスってエロいじゃん。やめられない止まらない?」
「何だそりゃ? ……でも、言いたいことは分かる。エロいな」
男だった頃に同じ光景を外から見れば、かなり喜んだと思う。今は自分が当事者だから唇の柔らかさや吐息の近さへ意識が向くけどな。
「でしょ? そのうち飽きると思うし、楽しめるうちに楽しんだもの勝ちじゃない?」
「適当な真琴のわりに一理あるな」
「適当はひどくね? でも、私は英子とキスするの好きだよ」
「真琴もレズに転向したのか?」
「……どうなんだろ? 英子だけなんだけど、それってレズっていうの?」
女だけを好きならレズなのだろうが、一人だけ例外が混じった場合まで同じ呼び方になるのかどうか。
「……分からん。強いて言えば百合か?」
「あー、女同士の恋愛物だっけ?」
「ああ。広い意味なら、恋愛までいかない友情でも百合らしいぞ」
「なら百合? でも私たち、恋愛してるわけじゃないよね。恋愛を飛ばして先にやったじゃん。それは?」
「さあ?」
「そこまで言っておいて分かんないんだ」
「本人たちにも分からないものを、言葉だけで決めても仕方ないだろ」
「それもそっか。私は英子とキスするのが好き。それだけ分かってればよくない?」
「ずいぶんと簡単に考えてくれるもんだ。教室でまでやる気満々のくせに」
「誰もいないんだからいいじゃん。……楽しめるうちに楽しむ方がお得だよ」
「……なら今のうちに楽しんでおくか」
「話が分かるね」
真琴が笑い、もう一度唇を重ねてくる。
誰もいない教室とはいえ、学校でこんなことをしていいのかとは思う。
でもまあ、仮に見つかっても真琴と俺なら悪ふざけで押し通せるだろう。それだけ仲がいいことはクラスの連中にも知られているしな。
そんな計算をしながら受け入れているのだから俺も大概だ。
◇
真琴と別れてマンションへ帰る途中、スマートフォンが震えた。
『また私を買いませんか?』
送り主は小春である。
真琴と何度もキスしたせいか身体にはまだ妙な熱が残っている。
さて、どうするか――今の俺にとって小春の価値はあがった。前の夜も期待以上に楽しめたしな。
……今夜の予定もないなら、断る理由もないか。
『いいよ。今日はムラムラしてるから三万まで出せる。それでいいなら』
返事はすぐに届く。
『大丈夫です。今から行きます』
小春がマンションへ来たのは、それから一時間くらい後だ。
部屋へ入れると俺は先に三万円を渡す。小春は紙幣を財布へしまったものの、いつものようにシャワーへ向かわない。ソファに座ったまま俺を見つめている。
「どうした? けっこういい金額だと思うけど、気に入らないのか?」
「そうじゃありません。放課後の教室で――霧島先輩とキスしてましたよね?」
「……見てたのか」
「教室へ行ったら、ちょうどしてました。私にはしてくれなかったのに……」
あの時、廊下にいたらしい。
その時の小春の心情は分からないけど、機嫌が悪いってのは態度からして分かる。
「真琴とは親友だからな。女同士でふざけてするキスだってよ。それなら身体を買うのとは別だろ」
「じゃあ、私も今日はキスありでお願いします」
「お前は買われに来たんだろ?」
「英子先輩だって、たまには恋人プレイを楽しみたいでしょ?」
小春が膝を寄せ、俺の腕へ抱きついてくる。
こいつは以前から外出をねだり、隙があれば腕を絡めて甘えてきた。でも、恋人役という名前をつけるのは思えば初めてだ。
真琴との差を埋めたいのか? その先まで何を考えているかは分からない。
でも、今日は新しい遊びをしてもいい気分だ。小春とならいいか。
「――そうだな。今日は恋人ごっこもやってみるか」
「決まりですね」
小春は嬉しそうに笑うと、俺の頬を両手で挟んでからゆっくりと顔を近づける。
最初は触れるだけだった唇が、俺の反応を確かめるように何度も重なる。
真琴とは違うけど、どこか遠慮が残っている。こうして遊ぶのなら遠慮する意味はない。こちらから腰を抱き寄せてやる。
「恋人役なら、もう少しそれらしくしろよ」
「じゃあ、英子先輩からしてください」
「注文が多い恋人だな」
「今日だけですから……お願いします」
言われたとおり今度は俺から口づける。小春は待っていたように身体を預け、首へ腕を回してきた。
しばらくして唇を離すと、小春はスマートフォンを取り出した。
「記念に写真を撮ってもいいですか?」
「キスのか? ……別にいいけど悪用はするなよ。インプレ稼ぎとか、そういうやつだ」
「しませんよ! 関係ない人には見せません。私と英子先輩の記念ですからね」
言い方は少し気になるけど、小春ならそこまで馬鹿なことはしないかな?
小春がスマートフォンを掲げ、俺の肩を自分の身体へ引き寄せる。そして顔を近づけてきて――画面の中で唇が重なった瞬間、短い電子音が鳴った。
「ちゃんと撮れたか?」
「はい。大切にしますね」
確認させてもらうと、想像していたより恋人らしい写真になっている。
小春が満足しているなら、まあいいか。スマートフォンを返し、一緒にシャワーを浴びようと浴室へ向かった。
◇
翌朝、教室へ入った俺を待っていたのは笑顔の真琴ではなかった。
「英子。何これ?」
机へ置かれたスマートフォンには連絡アプリが表示されている。
送信者は初瀬小春。本文はなく、添付された画像は一枚だけ。昨夜撮った俺と小春のキス写真だった。
小春と真琴は仲がいいわけではない。俺を介して顔見知りになり、一応連絡先を交換しただけだ。普段からメッセージを送り合うような関係ではない。
「……悪用はするなって言ったんだけどな」
「私に送るのが悪用? それとも悪用じゃないから送ったってこと?」
「……いや、なんだ。私もよく分からないよ」
真琴の声には普段の軽さがない。まるで浮気の証拠でも突きつけるような顔をしている。
小春は写真を公開していないし、誰にも送らないと約束したわけでもない。ただ――関係ない人には見せないと言っただけだ。
約束は破っていないのかもしれない。もし問い詰めても理屈の上なら何も問題ないと言ってくるのが脳裏に浮かぶ。
ああ、確かにそうだろうさ……これは俺に過失がある。それは認めるしかない。
だとしても、大して仲良くもない真琴へ送りつけて、俺たち二人の関係へ手を入れることまで許した覚えはない。
俺と真琴がキスしているところを見た直後でこれだ。偶然や記念写真の共有で済ませるのは無理がある。
真琴を怒らせるためか。それとも、自分も同じところまで来たと見せつけたかったのか。
昨夜、小春と過ごした時間を後悔しているわけではない。俺は小春の体を楽しんだ。それを否定はしない。
だけどな……勝手な真似に腹が立つことは別だ。
――面倒なことをしてくれたな。
俺は小さく息を吐き、機嫌の悪い親友へ向き直った。




