19話:今日は私の英子だから
真琴に一日空けておくと約束してから五日。ようやく、その土曜日がやってきた。
昨日の朝まで小春を泊めていたので、最近は女と遊びすぎたという自覚くらいはある。とはいえ、今日は真琴を買う日ではない。ただ一日、親友に付き合うだけだ。
待ち合わせ場所に現れた真琴は、俺の顔を見るなり手を掴んだ。
「はい、確保」
「逃げないって。約束どおり朝から来ただろ」
「うん。今日は朝から夜まで私の英子だから」
「先約の範囲でな」
「その言い方は可愛くないけど、ちゃんと来たから許す」
真琴は俺の手を握ったまま歩き出す。約束を守っただけでずいぶん機嫌がいい。文化の日に予定を押さえた時点から、今日を楽しみにしていたのかもしれない。
そのまま最初の目的地である刀剣の歴史展へ向かった。
真琴は入口で音声案内を二つ借り、一つを俺へ差し出す。自分は興味がないと言っていたわりに準備がいい。
展示は時代順に並び、刀身だけでなく当時の防具や戦い方まで紹介されている。実物を眺めるだけなら早々に飽きただろうが、何を相手にして、どう使われたのかまで分かるなら話は別だ。
「ほら、ここ。英子が好きそう」
真琴が指した先には、折れた刀と断面の写真が並んでいた。俺が説明を読む間、真琴は展示品よりこちらの顔を眺めている。
「興味ないなら、先に休んでてもいいぞ」
「せっかく一緒に来たのに意味なくない?」
「退屈だろ」
「英子が楽しそうだから、見てるぶんには面白いよ」
展示ではなく、俺を見に来たらしい。妙な楽しみ方だが、本人が満足しているなら止める理由もない。
次の区画には刀を腰へ差した時の重さを体験できる展示があった。模造品なので刃はないが、持ち上げれば見た目より重い。
「これで走ったり斬ったりするの、かなり疲れるな」
「英子、ちょっと構えてみて」
「なんで?」
「写真撮るから。今日のお出かけ記念」
「修学旅行でもないんだぞ」
「いいから、ほら」
真琴がスマートフォンを構えて待っているので、仕方なく模造刀へ手を添える。俺がそれらしい姿勢を取ると一枚、力を抜いたところでもう一枚撮られた。
「二枚目は消せよ。カッコ悪いだろ」
「こっちのほうが英子っぽくて好き」
「真面目にやった一枚目は?」
「それも保存する。両方いるから」
格好をつけた俺と、気を抜いた俺。両方いると言われれば何も言えない。真琴は満足そうに画面を眺め、そのうち一枚を俺にも送ってきた。
昼食を挟んで水族館へ移る頃にも真琴の手は俺の手を掴んだままだ。駅の人混みではぐれないためかと思ったものの、館内へ入っても離す気配がない。
青い照明の下、大小の魚が頭上を流れていく。水槽へ近づこうとすれば真琴もついてきて、立ち止まれば肩が触れた。
「歩きにくくないか?」
「全然」
「いや、そうじゃなくてだな。なんでずっと手を繋いでるんだ?」
「今日は私が英子を楽しませる日だから」
「手を繋ぐのも予定に入ってるのか?」
「嫌?」
「嫌じゃないけど」
「なら決まり。今日は私の好きに付き合ってよ」
「私を楽しませる話はどこへ行ったんだよ」
「私が楽しくないと英子も楽しめないでしょ?」
どんな理屈だ? と思ったけど一理ある。真琴が楽しそうなら俺も悪い気はしないからな。朝には引かれているだけだった手も、いつの間にかこちらから合わせて握っていた。
大水槽の前では空いていた長椅子へ並んで座った。魚の群れが向きを変えるたび、反射した光が真琴の横顔を滑っていく。
こうしていると、傍からは恋人同士に見えるのかもしれない。女同士なら仲のいい友人で済むだろうが、もし俺が真琴と同年代の男だったならまずデートだと思われたはずだ。
「何見てんの?」
水槽を遊泳する魚ではなく、真琴を見ていたことに気づかれた。
「真琴って、黙ってればそれなりに可愛いなと思って」
「一言余計。英子だって見た目だけなら可愛いのに言動がダメダメじゃん」
「私は自覚しているからいーの。というか、私がこんな性格だから仲良くなれたんだろ?」
「……そうだね」
真琴が肩へ頭を預けてくる。繋いだ手にもすっかり慣れ、俺もその姿勢のまま水槽を眺めた。すると今度は、指までしっかり組み直される。
「ねえ、また写真撮らない?」
「今度は何を撮るんだよ」
「二人で来た証拠。英子だけ撮っても、私が一緒にいたって分からないじゃん」
真琴は返事を待たずに肩へ頭を載せたまま、スマートフォンを持ち上げる。画面の中では青い水槽を背景に、俺たちが頬を寄せるような格好で収まっていた。
「近くないか?」
「離れたら二人とも入らないよ」
「そういうものか」
「そういうもの」
撮り終えても真琴はすぐに離れず、画像を確かめてからようやく身体を起こす。その写真まで俺へ送られてきたから、記念と思い保存した。
閉館まで粘ることはなく夕方には駅前へ戻る。真琴が見つけておいたカフェへ入り、窓際の席で一息ついた。
「楽しかったね!」
「うん。たまにはこういうのもいいな。刀剣展は当たりだった」
「水族館は?」
「真琴がやたらくっついてきたことしか覚えてない」
「ちゃんと魚も見てたじゃん」
抗議しながらも、真琴は上機嫌でストローを咥えている。朝から歩き回った疲れはあるが、俺も不満はない。仕事じみた用事を忘れ、友人と遊ぶだけの休日は思っていた以上に気楽だった。
「でも、よく金あったな。例のアーティストのS席を買ったあとで、財布は厳しいんじゃないか? 今日はそこそこ使っただろ」
「お小遣いを前借りしたの。友達と遊びに行くからって」
「そこまでして私を連れ出したかったのか」
「英子が最近、鹿島先輩ばっかりだったからね」
真琴は冗談めかして答え、グラスの氷をストローで突いた。鹿島先輩の名前を出す時だけ笑顔がわずかに固くなる。
展示も水族館も食事も、真琴は俺が退屈しないように組んでいた。予定を聞いた時点でそこそこ楽しめそうだと思っていたが、実際に任せて過ごすと予想以上に楽しい。
こうして俺の好みを拾い、遊び方まで世話を焼いてくれるのは付き合いの長い真琴ならではだな。
「それで今日、金欠になっちゃった」
「予定を組んだ時点で分かってただろ」
「まあね」
まるで困っていない顔で、真琴はテーブルへ身を乗り出す。昼間に何度も繋いだ手が、今度は俺の指先を撫でた。
そして顔と顔がキスしそうなくらい近づくと、真琴が囁いた。
「……だからさ。私を買わない?」




