17話:今度は私が先約
カーテン越しの昼近い日差しがベッドへ伸びている。隣では鹿島先輩も目を覚ましているのに、二人ともまだ起き上がらずにいた。
今日は文化の日。だから早起きする必要はないけど、それでも遅すぎる時間だ。
時計は十一時を回っている。暖房の効いた部屋は寒くもなく、このままだらだら過ごすのも悪くないと思ってしまう。
でも、午後からは真琴と遊ぶ約束がある。眠いからと遅れていけば何を言われるか分かったものじゃない。
「そろそろ起きないと。午後から友達と約束しているんです」
「……もう行くの?」
「まだですけど。支度もありますからね」
「なら、もう少しだけ。私も今日は急がなくていいから……」
先輩は枕に頬を預けたまま俺を見ている。予定を変えてほしいとは言わない代わりに、できるだけ時間を引き伸ばしたいってことかもな。
「柚木ちゃん、まだ眠そう」
「そりゃ眠いですよ。どれだけやったと思っているんですか?」
「……覚えてないわ」
鹿島先輩はそっけなく答えた。確かに先輩の言うとおりで、三回戦や四回戦どころじゃない。だらだらと区切りも曖昧で身体を重ね合わせた記憶が大半を占めている。
……道具も使わずにこれは久々どころか初めてかもしれない。それだけ先輩の体にハマっている自覚はある。
「お互い満足はできましたね。ただ……やり過ぎました」
「そうね……朝までだったから眠いわ。けど、もう寝なくていいかな……」
鹿島先輩が寄り添うように体を押し付けてくれば、柔らかい感触と体温を感じる。
――寝たいわけじゃなく、まだ一緒にいたいということか。……それは、俺だって嫌じゃない。
でも、駄目だ。いつまでも昨夜の続きということにはできない。
「……先に起きますね。寝直すなら、朝飯ができたら呼びますよ」
そう言ってベッドを出ると、鹿島先輩は少し間を置いて身を起こした。
「私も起きる。ご飯、一緒に用意しようよ」
「じゃあ、お願いします」
引き留められずに済んだのだから、これでいい。先輩が時計へ目を向ける間に、俺は着替えを取りに行った。
シャワーを浴びて服を着ると少しは目が覚めた。先輩も身支度を済ませて台所へ来たので皿を出して並べてもらう。
朝食の用意を進めていると美羽ちゃんから先輩へ写真が届く。颯太くんが朝食を作ったそうで、画面には皿に盛られた料理が写っていた。
「今日も作ってくれたんですね」
「うん。美羽もおいしかったって」
覚えたことを使ってくれるなら教え甲斐もある。先輩は写真を見直してから返信し、スマートフォンを食卓の端へ置いた。
食事の間に新居の片づけについて聞く。一応の確認だけど、残りは三人でどうにかなるそうだ。まだ開けていない段ボールはあるものの生活には困らないという。
それなら俺の出番は当分なさそうだな。とはいえ何かあったら当然手伝いはするつもりだが。
朝食を終えたらこれで解散だ。鹿島先輩は玄関で靴を履いてから振り返った。
「落ち着いたら、また連絡するね」
「ええ。もし困ったことがあれば何でも言ってください。できる限りですが手伝います」
「うん。ありがとね。じゃあ……またね」
「はい。ではまた」
こうして鹿島先輩と続いた関係は一区切りとなる……と思う。
素直な気持ちは惜しい――その一言だ。だが、自分で引いた一線を越えるわけにはいかない。
……思った以上に入れ込んでいるのか? あまりいい傾向じゃない。こういう時は気分転換に限る。
時計を見れば正午を少し回っていた。少し早いが散歩ついでと思えばいいか。洗い物を片付けてから俺は部屋を出た。
◇
「英子、眠そうじゃない?」
駅前で合流するなり真琴に一発で見抜かれる。食後に飲んだコーヒー一杯のカフェイン程度では誤魔化すことは不可能らしい。
「少し夜更かししただけだよ」
「ゲーム?」
「まあ、色々」
「ふーん。歌えば起きるんじゃない?」
こちらの返事を待たず、真琴はカラオケ店へ向かって歩き出す。
手続きをしてから部屋に入るけど、歌えば起きると言った真琴は俺のことなんて気にせずに曲を入れていた。
流れてきたのは案の定聞き覚えのない曲だ。最近気に入っているアーティストだそうで、歌い終えた真琴が感想を求めてくる。
「どう?」
「真琴って歌うまいよな」
「曲の感想!」
「いい曲なんじゃないか? 分からないけど」
「英子は古いアニソンとか変な曲ばっかじゃん! いつの時代の人よ!」
「ほっとけ! いいだろ好きなんだから!」
そんな雑談をしながら歌っていれば眠気もどこかへ飛んでいく。二時間ほど遊び、駅ビルのカフェで一息ついた。
飲み物が届くと、真琴が待っていたように身を乗り出す。
「最近、付き合い悪いじゃん」
「今日は付き合ってるだろ」
「今日の話じゃないよ。前、明日も遊ぼうって言ってたのに断ったでしょ?」
「あの時は悪かったよ。鹿島先輩の住居探しを進めたかったからな。一昨日、ようやく引っ越しまで終わった」
「へえ。じゃあ、昨日は?」
「鹿島先輩と出かけてたよ。たぶん、初めて普通に遊んだかな」
「……ふーん」
「なんだよ」
「別にぃ……」
明らかに何か言いたげだ。でもまあ、聞かれないなら説明することもない。
「それでどうだった? 新しい家」
話を変えたいのか、真琴はそんなことを切り出してくる。
「荷物が入ると印象が変わるな。内見した時より狭く感じたけど、三人なら十分だと思うよ」
「引っ越しも最後まで手伝ったんだ?」
「飯まで食べてきた。颯太くんに料理も教えてな。あれなら先輩が遅くなっても簡単なものなら作れるだろ」
「ほんと英子は面倒見がいいよね。本人だけじゃなくて家族にまで気を掛けるんだから」
「家族が関わる事案だから当然だろ。それに昨日に続いて今朝も作ってたらしいぞ。美羽ちゃんから先輩に写真が来てた」
「……今朝?」
……そこまで話す必要はなかったか。
「鹿島先輩から聞いたんだよ」
「それは分かるけどさ」
真琴は続きを待つようにこちらを見ている。しかし、詳しく話す必要もない。俺が黙っていると、真琴のほうから話を戻した。
「とにかく! 引っ越しは終わったんだよね?」
「ああ。最近は用事ばっかりだったし、しばらくは遊びたいね」
「なら、今度の土曜日は私と遊ぼうよ」
真琴はスマートフォンを取り出し画面を俺へ向ける。
表示されているのは刀剣の歴史展だった。実物だけでなく、時代ごとの製法や戦い方の変化まで扱うらしい。これはなかなか面白そうだ。
「私は興味ないけど英子は好きでしょ?」
「よく覚えてたな」
「去年、刀は見た目より使われ方の変化が面白いって言ってたじゃん」
そんな話もしたか。俺でさえ忘れているような雑談を覚えているとは思わなかった。
真琴がさらに色々と画面を変えて見せて来る。会場までの経路や水族館の営業時間、昼食に使えそうな店などだ。
「刀剣展の次は水族館ってことか?」
「そう。そっちは私が行きたいの。お昼も食べて、夕方にまだ元気だったら他も回ろうよ」
好きなところへ連れ回すだけではなく、俺の興味も押さえてあるプランだ。文句のつけようがない。
「いいね。それなら行くよ」
「朝からね。夕方に用事があるとか、なしだから」
「一日付き合えって?」
「埋め合わせ。親友の誘いを断ったんだから、それくらい当然でしょ?」
「一回断っただけだろ」
「私は覚えてるの」
真琴が小指を差し出してくる。こんな子供っぽいことまでさせようとするとは……こりゃ本気だな。
「分かったよ。土曜日は一日空けとく」
小指を絡めると、真琴は離す前にもう一つ念を押した。
「鹿島先輩から呼ばれても?」
「今度は真琴を優先するさ。急病でもなければな」
「ならよし! 土曜日の英子の時間は私がもらうからね」
「大げさだな。一日遊ぶだけだろ」
「うん。今はそれでいいよ」
真琴は指を離し、昼食候補の店を二つ並べて俺に選ばせる。
今は、ね。引っかかる言い方をするものの、要求されているのは一緒に遊ぶことだけだ。俺のために調べた展示まであるのだから、断るほうがどうかしている。
「こっちかな。ここの肉がうまそうだ」
「じゃあ決まり。今度は寝不足で来ないでよ?」
「朝からだろ? ちゃんと寝るさ」
釘まで刺されては仕方ない。土曜は真琴のことだけを考えて動かないとだな。




