14話:親友の特権、先輩の誘惑
中間試験が終わった翌日。試験期間を丸ごと俺の部屋で過ごした真琴は休日の予定まで押さえていた。
特に用もなく駅前をぶらつくだけ。俺としてはあまりいい時間の使い方ではないけど、真琴が喜ぶなら別にいいか。
そして今日の服装は上から下まで真琴の指定となっている。
薄手のニットに膝上丈のスカート。十月半ばの空気には黒いストッキングがちょうどよく、普段より女らしい格好だ。駅前で待っていた真琴は俺を一周眺め、満足そうに頷いた。
「うん。やっぱりそのスカート似合うじゃん」
「制服ならともかく、私服でスカートは恥ずかしいんだよな……」
「女の子が何言ってんの! 可愛い顔してるんだから少しはらしくしなよ」
「嫌だよめんどくさい。それに指定されれば着て来るんだからそれでいいだろ?」
「……まあ、いいけど」
真琴は俺の前髪へ指を入れ、薄く塗った色付きクリームとリップまで確認する。最低限の女の嗜みくらいは俺にもできるが、こいつにはまだ気になるらしい。
「うん! 可愛い可愛い! じゃあ、そろそろ行こうか」
満足した真琴に腕を引かれ歩き出す。駅ビルへ入るなり衣料品店へ連れ込まれた。
「秋物が足りないよ。英子は服に興味がなさすぎ。クラスどころか学校で一番ってくらい可愛いのにもったいない」
「自分を着飾る趣味はないからなぁ」
一人遊び用の衣装なら大量にあるけど、普段着にはまるで興味がないんだよな。自分でも偏っているとは思うさ。
真琴は二着のカーディガンを俺の身体へ交互に当て、似合うほうを選べと迫ってくる。化粧品売り場でも俺に合う色を勝手に絞り込み、最後だけこちらへ決めさせた。
俺の買い物なのに主導権はほとんど真琴にある。試着室の鏡に映る自分を見ても俺ならまず選ばない格好だ。
――でもまあ、真琴に任せておけば間違いない。着せ替え人形になるのだって、たまにはいいだろう。
そんな感じで駅前をぶらつき、昼食を終えたあとも真琴は俺の腕を取ったまま離さない。夕方まで付き合えという要求を受け入れ、次はどこへ行くかと話しているとスマートフォンが鳴る。
これは――鹿島先輩からの連絡だ。
「明日も遊ぼうって話だったけど、すまんがパスだ」
「えぇ……なんの用事よ?」
「鹿島先輩と一緒に住居の下見だな。弟さんと妹さんも都合がついたってさ」
「……買ってる相手の生活にずいぶん口を出すよね」
「手伝ってほしいと言われたからな。真琴に勉強を教えるのと大して変わらないさ」
「――一緒にしないで」
あまり聞かない真琴の低い声。顔を向けると不満を隠そうともせずに眉を寄せていた。
「私は英子に面倒を見られてるだけじゃない。服を選ぶのも、化粧を教えてあげるのも私でしょ。放っておいたら今日だって適当な格好で来たじゃん」
「それは否定できないな」
「私は英子の面倒も見てるの。鹿島先輩とは違う」
言われてみればそのとおり。俺は真琴の相談に乗り、勉強を教えてきた。一方で服装や流行に関してはこいつへ任せきりにしている。鹿島先輩と一緒の枠に押し込むのは乱暴すぎたな。
「悪かったよ。真琴には世話になってる」
「分かればよろしい!」
真琴は得意げに胸を張る。
「だから他とは違う特別扱いをご所望ってことだよな?」
「まーね! 英子と友達になれる女の子なんて私くらいでしょ?」
「違いない」
女とは話が合わずにストレスばっかりたまるから同性の友人はこれまでいなかった。そんなぼっち状態に風穴を開けたのが真琴だ。
「というか、真琴はすでに特別だよ。やりもしないのに何日も家へ泊めるのは真琴くらいだぞ」
「ふーん……? じゃあ抱き枕にして、好き勝手触るのも私だけ?」
「それは……真琴がいいって言ったから……」
「許可はしたけど、黙って受け入れるかは別でしょ。スケベ親父みたいな英子を満たせるの、私だけなんじゃない?」
「言い方は悪いけど否定はできない」
「抱き枕くらいならお金なしでもたまに付き合ってあげていいよ」
「そりゃありがたいが、いいのか?」
「最後まではしないみたいだしね。お金をもらわなくても……まあいっかって」
「その、なんだ。そういうのとは少し違うんだよ……」
着衣の女へいたずらしたいだけで、最後までやりたいわけじゃない。金を払う区分でもないんだよな。この違いは同好の士にしか分からんだろう。
「困った英子ちゃんは私が満たしてあげないとね。次は誰が英子の毒牙にかかるか分からないし」
「……私をなんだと思ってるんだ」
「女癖の悪いクズ。まだ女の子を泣かせたとは聞かないけど」
「くそっ、正論だ!」
真琴はいつの間にか機嫌を直し、声を上げて笑っていた。
肉体関係まである女を親友と呼ぶのが一般的かは知らない。それでも、こうして笑い合える真琴が俺の親友であることに疑いはなかった。
◇
翌日は鹿島先輩たちと住居候補を巡る。いくつか内見したなかで、最後に訪れたのが少し古いマンションだ。
オートロックはないが、モニター付きインターホンと防犯カメラはある。俺のマンションから徒歩十分ほどで高校は近くなる。しかし颯太くんと美羽ちゃんは電車通学へと変わる。
「柚木ちゃん、ここはどう思う?」
玄関へ入ってから同じ質問をされるのは四度目だ。
「私が住むわけじゃありません。まず二人に聞いてください」
颯太くんは自分の部屋になるかもしれない洋室で窓と収納を確認し、美羽ちゃんはベランダから外を眺めている。二人とも姉に任せきりにはせず、自分なりに暮らす姿を想像しているようだ。
「駅まで自転車なら、今の学校にも通えると思う」
「私は朝が早くなるのが嫌かも。でも部屋はいままでで一番好き」
颯太くんと美羽ちゃんの評価はまずまずといったところか。
「オートロックがなくても鍵の開け閉めは管理できる?」
鹿島先輩が尋ねると二人は揃って頷いた。
「候補としては上位ですかね」
「ええ。心配なのは帰りが遅くなった時だけど、それは大丈夫かな?」
「実際の通学時間は別の日に確認しましょう。今日は部屋と建物を見る日です」
鹿島先輩は頷き、窓の鍵や共用廊下を自分で確かめる。気になった点はスマートフォンに残し、管理会社へ聞く項目も増やしていた。
以前なら欠点を一つ見つけるたびに候補から外していただろう。今は弟妹へ先に意見を聞き、何を残して何を諦めるか考えている。俺が口を挟む場面もずいぶん減った。
内見後は四人で近くのファミレスへ入る。
「柚木さん、引っ越したあとも来る?」
向かい側の美羽ちゃんから唐突に聞かれる。
「先輩に呼ばれて、私が暇ならね」
「じゃあ、お姉ちゃんが呼べば来るんだ」
「そうなるね」
色々と世話を焼いているからだろう。美羽ちゃんに好かれたようで何よりだ。颯太くんも俺を意識しているように思える。
見た目だけならかなり上等な美少女だ。好かれやすいのは当然だな。……本性を知りながら付き合いが続く奴は少ないけど。
食事を終えて店を出ると、鹿島先輩が颯太くんへ声をかけた。
「颯太、美羽を連れて先に帰ってくれる? 私は柚木ちゃんとまだ話があるから」
「分かった。行くぞ、美羽」
「えー、何の話?」
「家のことよ。先に帰っていて」
不満そうな美羽ちゃんを促し、颯太くんが駅へ向かう。二人の姿が見えなくなると、鹿島先輩が俺の隣へ並んだ。
「家のことも、もう少し話したい。でも今日は……する日よね?」
「売ってくれるなら買いますよ。では、うちへ行きましょうか」
鹿島先輩を連れてマンションへ戻り、五万円の入った封筒をリビングのテーブルへ置く。鹿島先輩は中身を確かめ自分の鞄へ収めた。
しかし、すぐにシャワーを浴びにいくという雰囲気でもない。
「昨日は何をしていたの?」
「真琴と遊んでいました。夕飯まで付き合わされましたよ」
去年の文化祭で顔を合わせて以来、二人は校内で会えば挨拶する程度の仲ではある。名前を出しても通じる相手だから、隠す理由もない。
「霧島さんとは……お金なしで一日付き合うのね」
含みのある言い方だ。さて、何が気になっているのやら。
「友達ですから。それに鹿島先輩とだって遊びに行くのならお金はいりません。住居探しだって無料で手伝っているじゃないですか」
「でも、私のほうは身体を買われたところから始まった延長だと思ったから……今度は私も普通に誘っていい?」
「私が暇なら。飯でもゲームでも付き合いますよ」
「……そっか。なら余裕ができたら遊びにも誘うね。でも今は――」
先輩は自分から距離を詰め、俺の手を取る。
「私で楽しんでね」
鹿島先輩らしからぬ妖艶さのある笑顔に、少しドキッとする。でも、やる気があるのはいいことだ。
「はい。そうします」
「うん。ねえ、一緒にシャワー浴びよっか」
買われることに慣れ、先輩自身も楽しむ余裕が出てきたのだろう。これは俺にとって悪い変化ではない……はずだ。




