工場長との対話
数日後。
私は以前視察した工場を再び訪れていた。
工場の煙突からは相変わらず黒い煙が立ち上っている。
工場長は私の姿を見ると、少し驚いたように笑った。
「また来られたのですか」
私は頷く。
「前回は現場しか見られませんでしたから。今日は工場長さんのお話を聞きたくて」
工場長は苦笑しながら執務室へ案内してくれた。
机の上には帳簿が山積みになっている。
私は何気なく開かれた帳簿を見る。
昨日の鉄の仕入れ値。
今日の仕入れ値。
数字が全く違っていた。
私は思わず尋ねる。
「毎日ですか?」
工場長は疲れた表情で頷く。
「ええ。昨日見積もった金額では、今日は材料が買えません」
私は静かに帳簿を閉じる。
「給料は?」
工場長は深くため息をついた。
「本当は上げたいんです。皆、一生懸命働いてくれていますから。ですが……」
窓の外の工場を見つめる。
「材料費が毎日のように変わる。燃料も高くなる。部品も値上がりする。何を基準に給料を決めればいいのか、私にも分からないんです」
私は工場長の表情を見つめる。
そこに悪意はなかった。
利益だけを考える経営者でもない。
ただ、この混乱の中で必死に工場を守ろうとしている一人だった。
私は小さく呟く。
「やっぱり……インフレか」
工場長は静かに頷く。
「ええ。皆、苦しいんです。労働者も経営者も商人も誰も得をしていません」
私は窓の外を見る。
働く人達。機械を修理する職人。
資材を運ぶ荷車。誰もが懸命に働いている。
それでも生活は楽にならない。
私は心の中で思う。
政府への信用がない。だから紙幣の価値が下がる。その結果、皆が苦しむ。
私は静かに息を吐いた。
「はぁ……」
工場長が私を見る。
「何か良い方法はありませんか?」
私は苦笑するしかなかった。
「今の私では……何もできません」
その言葉が少し悔しかった。
私はまだ一政党の党首。
議員ですらない。
政府の資料を見ることもできない。
本当の財政状況も分からない。
中央銀行が何を考えているのかも分からない。
私は拳を軽く握る。
せめて議員にならないと。中の状態も分からない。分からなければ、正しい政策も作れない。
私は工場長へ頭を下げた。
「今日はありがとうございました。皆さんが苦しんでいる理由が、少し分かりました」
工場長は静かに笑う。
「また来てください。今度は良い報告ができるよう、私も頑張ります」
私は工場を後にした。
帰り道。
ラインが隣を歩きながら尋ねる。
「お嬢様。今日は何を学ばれましたか?」
私は少し考えてから答えた。
「敵はいなかったわ」
ラインは首を傾げる。
「えっ?」
「労働者も工場長も商人も皆、同じように苦しんでいた」
私は空を見上げる。
「本当に変えなければならないのは、人じゃない。仕組みなのね」
その言葉を聞いたヘルムは、小さく笑った。
「ようやく政治家らしいことを言うようになったじゃねぇか」
私は苦笑しながら頷く。
議会へ入ること。
それは肩書きを得るためではない。
国の仕組みを知り、変えるため。
その決意は、この日さらに強いものになっていた。




