母親たちの支持
街頭演説を始めて数週間。
シュタール労働者党の演説には、以前より多くの人が集まるようになっていた。
この日も市場の一角で演説を終えると、一人の女性が子どもの手を引きながら近付いてきた。
「ヴィーダーベレさん」
私は笑顔で振り返る。
「はい」
女性は少し照れくさそうに笑った。
「初めてでした」
「何がですか?」
「生活の話をする政治家を見たのは」
私は少し驚く。
女性は子どもの頭を優しく撫でながら続けた。
「皆さん、国とか政治とか難しい話ばかりでしょう?でも、あなたはパンの値段や子どもの学校の話をしてくれた。私達が毎日困っていることを話してくれた」
私は静かに頷く。
「政治は生活ですから」
女性は笑顔になる。
「次も演説を聞きに来ます」
その様子を見ていた周囲の母親達も少しずつ近付いてきた。
「私も主人が帰還兵なんです」
「学校の話、もっと聞きたいです」
「子ども達の未来を考えてくれる人がいて良かった」
演説が終わった後も、人の輪はなかなか途切れなかった。
ラインは少し離れた場所から、その様子をじっと見つめていた。
支持者が増えている……
それは同時に危険も増えているということ。
その日の夜。
ラインはヘルムの元を訪ねた。
「相談があります」
ヘルムは書類から顔を上げる。
「何だ?」
ラインは真剣な表情だった。
「護衛を増強したいと思います。今の人数では足りません。隠し資金を使わせていただけませんか?」
ヘルムはしばらく黙っていた。
やがて、大きくため息をつく。
「はぁ〜やっと言ってきたのかよ」
ラインは首を傾げる。
「えっ?」
ヘルムは苦笑した。
「全く。命令待ちの女を、やっと卒業か?」
ラインは目を見開く。
「げっ!何故それを……!?」
ヘルムは豪快に笑った。
「俺は情報収集が得意でな?軍学校の話くらい、とっくに知ってる」
ラインは顔を赤くする。
ヘルムは真顔へ戻った。
「それによ?よーく考えてみろ?ちびっ子の父親のことを」
ラインは一瞬で表情が固まる。
ヘルムは苦笑しながら続ける。
「首都のど真ん中を、秘密兵器の戦車で護衛しろって手紙を書く男だぞ?」
ヴィルが思わず吹き出した。
「あれは本気でしたね」
「もし」
ヘルムはラインを真っ直ぐ見た。
「お前の判断が遅れて、ちびっ子に怪我でもさせてみろ?銃殺どころじゃ済まん」
少し間を置いて、真顔のまま続ける。
「高射砲でお前を撃つぞ」
ラインの顔から血の気が引いた。
「ひっ……」
ヴィルも苦笑する。
「確かに……閣下は、お嬢様のことになると別人ですからね」
ヘルムはニヤリと笑う。
「だろ?だったら答えは一つだ」
机を軽く叩く。
「早く隊員を集めろ!」
ラインは勢いよく敬礼した。
「はい!」
その返事は、以前の「命令を待つ軍人」のものではなかった。
自ら考え、自ら提案し、自ら動く。
一人の指揮官としての返事だった。
ヘルムは満足そうに頷く。
「それでいい。ようやくグラウベの教えが身についてきたな」
こうしてシュタール労働者党は、支持者だけでなく、その支持者を守るための体制も少しずつ整え始めるのだった。




