最初の妨害
シュタール労働者党の名前が広まるにつれ、歓迎する者ばかりではなくなってきた。
ある朝。事務所へ向かう途中、ラインが足を止めた。
「……やられましたね」
壁に貼ってあった党のポスターが無残に破られている。
顔の部分だけが引き裂かれ、紙切れが風に揺れていた。
ヴィルも周囲を見回す。
「他も同じです」
数十枚あったポスターのほとんどが破られていた。
さらに翌日には、演説会場として予約していた広場から連絡が入る。
「申し訳ありません。急遽、使用できなくなりました」
理由は曖昧だった。
誰かが圧力を掛けたことは明らかだった。
街では、
「子供の党だ」
「どうせ長続きしない」
そんな噂まで流れ始めていた。
私は苦笑する。
「思ったより早く敵が動いたわね」
ヘルムは肩をすくめた。
「目立てば必ずこうなる。政治なんてそんなもんだ」
私は破られたポスターを見つめる。
「また刷ればいいわ。何枚でも貼り直しましょう」
その一言で皆が動き始めた。
しかしポスターを貼り替えながら、ラインだけは黙っていた。破られた紙を拾い集めながら、小さくため息をつく。
ポスターなら……破られたら貼り替えればいい。
その瞬間、頭の中に、一つの考えがよぎった。
もし……これがポスターじゃなく、お嬢様本人へ向けられたら?
ラインの手が止まる。
次の瞬間、彼女は自分の額を軽く叩いた。
「私の……ばか」
ヴィルが振り返る。
「どうした?」
ラインは悔しそうに拳を握る。
「何で思いつかなかったの……どうして、そこまで頭が回らなかったのよ……!」
ヴィルは黙って話を聞く。
ラインは苦笑しながら続けた。
「私は昔からそうだった。命令を受ければ完璧にやる。護衛も戦闘も。でも、その先を考えるのが苦手だった」
遠い昔を思い出す。
軍学校。同期達からは陰で言われていた。
「命令待ちの女」
その言葉が今でも胸に残っている。
「散々馬鹿にされたわ」
ヴィルは静かに言う。
「だが、首席だろ?」
ラインは首を横に振る。
「戦うだけならね。考えるのは、いつも誰かだった」
その時、ふと思い出した言葉があった。
グラウベが演習後に、自分へ掛けてくれた言葉。
『ライン』
『君は軍人としては最高だ』
『だが、一つだけ足りない』
『もし君が小隊を預かり、上官との連絡が途絶えたらどうする?』
若い頃の自分は答えられなかった。
グラウベは優しく笑って言った。
『もっと知見を広げなさい』
『命令がなくても考えられる人間になりなさい』
その言葉の意味が、今ようやく分かった。
ラインはゆっくり顔を上げる。
「ヴィル。今日から護衛のやり方を変えるわ。正面だけじゃ足りない。逃げ道。周囲の建物。人の流れ。全部見る」
ヴィルは笑って頷いた。
「ようやく閣下の教えを理解したか?」
ラインも少し笑う。
「ええ。十年遅れだけどね」
私は新しいポスターを壁へ貼りながら、そんな二人の会話には気付いていなかった。
妨害は始まった。それでも一枚破られたなら二枚貼る。会場を断られたなら別の場所で話す。
中傷されたなら結果で返す。
私は振り返って仲間達を見る。
「皆さん!相手は私達を無視できなくなったということです!つまり、少しずつ前へ進めている証拠ね」
誰も下を向かなかった。
妨害は、シュタール労働者党を止めるどころか、仲間達の覚悟をさらに強くする出来事となった。




