最初の討論会
新聞社を後にし、私達は事務所への帰り道を歩いていた。
手には刷りたての新聞。
私は何気なく紙面を眺めながら疑問を口にした。
「そういえば……地方の記事って、どうやって首都まで届くの?」
ラインとヴィルは顔を見合わせる。
「ああ」
ヴィルが答えた。
「電報ですよ。新聞社なら、支店には必ず電報設備があると思います」
私は思わず立ち止まった。
「電報……」
そうか。この世界にも通信網がある。
私は苦笑する。
まだまだ、この世界のことを知らないわね。
ふと、前世の知識が頭をよぎる。
電報があるなら……私は何気なく尋ねた。
「じゃあ、ラジオはありますか?」
二人の足が止まる。
「えっ?」
ラインが目を丸くする。
「何でそれをご存じなんですか?」
しまった。
私は心の中で焦る。不味かったかな?
ヴィルも驚いた表情を浮かべる。
「あります。ですが、一般にはほとんど出回っていません。軍事用通信機として使われています」
ラインも頷いた。
「よくご存じですね。グラウベ閣下からお聞きになったのですか?」
私は一瞬だけ考え、笑顔を作る。
「そ、そう!箱から声がするって聞いたことがあって」
ラインは納得したように笑った。
「なるほど。確かに初めて見た人は驚きますよね」
私は胸をなで下ろした。危なかった……
これ以上、未来の知識を不用意に口にするのは気を付けよう。
その日の午後。
事務所へ一通の招待状が届いた。
ヘルムが封を開く。
「公開討論会?」
私は受け取って読む。
差出人は共和国でも有力な既存政党だった。
文面にはこう書かれている。
『話題の少女代表にも、ぜひご参加いただきたい』
ヘルムは鼻で笑う。
「討論会じゃねぇな。品定めだ」
ラインも頷く。
「試すつもりでしょう」
私は招待状を机へ置いた。
「受けます」
ヴィルが驚く。
「よろしいのですか?」
私は笑った。
「断ったら逃げたと思われるもの」
翌日。
会場には多くの聴衆が集まっていた。
新聞記者。官僚。商人。学生。
そして多くの政治家。
司会者が紹介する。
「最後は、シュタール労働者党代表、ヴィーダーベレ殿です」
私は壇上へ立つ。
向かいには年配の政治家が座っていた。
彼は余裕の笑みを浮かべる。
「少女でも討論できますかな?」
会場から小さな笑いが起こる。
私は落ち着いて答えた。
「できます。ですが、その前に一つだけ質問してもよろしいですか?」
相手は余裕のまま頷く。
「どうぞ」
私は静かに口を開いた。
「私達は、この一年で領内の橋を三本修理しました」
会場が静かになる。
「帰還兵へ仕事を作りました。学校で技術教育を始めました。難民を受け入れ、働いていただきました」
私は相手を真っ直ぐ見つめる。
「では、お聞きします。あなた方は、この一年で何をされましたか?」
その一言で、会場の空気が変わった。
政治家は口を開くが……しかし言葉が出てこない。
理論はある。理念もある。
だが、具体的な実績がない。
会場は静まり返った。
やがて後方から、小さな拍手が聞こえる。
一人。また一人。
拍手は少しずつ広がっていった。
私は心の中で静かに思う。
討論は、相手を言い負かすことじゃない。
国民が知りたいのは、誰が正しいことを言うかじゃない。誰が、本当に国を前へ進めたか。
その日、シュタール労働者党は「話題の新党」から、「実績を語る政党」として、多くの人々の記憶に刻まれることになった。




