党名
その日の夜。
ヘルムの家へ戻りの地下室では、一枚の大きな紙が机へ広げられていた。
「さて」
ヘルムが腕を組む。
「まず決めるのは党名だ」
私はペンを持ったまま考え込む。
共和国には様々な政党がある。
自由。民主。共和。
立派な名前ばかりだった。
けれど、私達が目指すものは違う。
私は静かに紙へ文字を書く。
『シュタール労働者党』
ラインがその文字を読み上げた。
「シュタール……労働者党」
ヴィルも頷く。
「元帝国の名と、労働者を組み合わせたのですね」
私は静かに説明する。
「今、この国で一番多いのは労働者です。工場で働く人。農民。職人。帰還兵。難民。国を支えているのは、その人達です」
ヘルムはニヤリと笑った。
「元帝国の名前と労働者の組み合わせか。確かに今より昔の方が良かったって思ってる労働者は多いからな」
ラインも納得したように頷く。
「名前としては覚えやすいですね」
私はゆっくり頷く。
「大切なのは名前じゃないわ。中身よ」
ヘルムは机へ一枚の書類を広げた。
「それと三か月後に共和国初の総選挙が行われる」
私は思わず顔を上げた。
「もうそんなに早く?」
「共和国も急いでるからな」
ヘルムは地図を取り出す。
選挙区ごとに色分けされていた。
「ちびっ子!お前は故郷の選挙区から出馬だ」
私は固まる。
「……はい?」
ヘルムは当然のように続ける。
「まあ問題ないだろ。シュタインベルク領じゃ、お前の名前は知れ渡ってる。橋を直し、難民を受け入れ、工房も学校も作った。実績は十分だ」
私はまだ状況を飲み込めない。
「ちょっと待って、私……選挙に出るの?」
ラインが笑う。
「党首ですから」
ヴィルも静かに頷いた。
「代表が出馬しない方が珍しいでしょう」
私は頭を抱えた。
「聞いてないわよ……」
ヘルムは豪快に笑う。
「今、話したからな」
そして地図を指差した。
「他の選挙区にも候補者が必要だ。そこは俺が手配する。元部下もいる。役人もいる。信用できる連中を集めてやる」
私は少し安心した。
「助かります」
ヘルムは真剣な表情になる。
「その代わり、お前がやることは一つだ」
私は姿勢を正した。
「党の方針を決めろ!選挙で何を訴えるのか?国をどうしたいのか?政策を全部考えろ!それがお前の仕事だ」
私は静かに頷く。
「……分かったわ」
机の上には真っ白な紙が一枚。
ここへ何を書くかで、この党の未来が決まる。
私はペンを握り直した。
「党の理念、政策、復興計画。やることは山ほどあるわね」
ヘルムは満足そうに笑った。
「そうだ!政治家ってのは、演説する仕事じゃない。国の設計図を書く仕事だ」
私は真っ白な紙を見つめる。
共和国へ来た時は、ただ現状を知るためだった。それが今では、自分自身が国を変える側になろうとしている。
「私……本当に選挙へ出るのね」
その一言は、不安よりも、決意に近い響きを帯びていた。




