古い戦友
その日の夜。
ヘルムの家の食卓には、久しぶりに酒瓶が並んでいた。
ライン。ヴィル。そしてヘルム。
三人は静かにグラスを傾けている。
私は少し離れた席で紅茶を飲みながら、その様子を眺めていた。
ヘルムが一口酒を飲み、笑った。
「今日の議会、見ただろ?」
ヴィルも苦笑する。
「ええ。議会というより、演説会でしたね」
ラインも肩をすくめた。
「皆さん、自分の話ばかりでした」
ヘルムは鼻で笑う。
「まあ、皆話しているだけだ。議会をしている雰囲気だけは、一人前だがな」
私は思わず苦笑する。
確かにそうだった。
誰も相手の話を受けて議論しようとはしない。
ただ、自分の理想を話して終わり。
ヘルムはグラスを回しながら続けた。
「宝石をぶら下げてた貴婦人もいただろ」
「はい」
「ああいう連中の頭の中は、今でも帝国時代のままだ」
ラインも静かに頷く。
「時代は変わったというのに」
ヘルムは窓の外を見つめる。
「帝国は滅んだ。それでも、現実を見ようとしない奴は多い」
酒をもう一口飲む。
「それに、あのハイパーインフレだ。この国も……長くはないぞ」
部屋が静まり返った。
私はその言葉の重さを噛みしめる。
共和国は誕生した。
だが、国として立ち直ったわけではない。
まだ崩れ続けている最中なのだ。
少し空気を変えるように、ヴィルが笑った。
「そういえば。今日のお嬢様を見たら、昔の閣下を思い出しました」
ヘルムも笑う。
「確かにな」
私は首を傾げる。
「お父様ですか?」
ラインが懐かしそうな表情になる。
「演習では、本当に鬼でした。地図を広げては、何時間も作戦を考えさせられました」
ヴィルも頷く。
「少しでも油断すると、すぐ見抜かれました。言い訳は一切通用しませんでした」
私は思わず笑ってしまう。
「何となく想像できます」
ヘルムは豪快に笑う。
「だがな。部下を怒鳴ることはあっても、見捨てたことは一度もない」
笑顔が少しだけ真面目になる。
「補給が途絶えた部隊があれば、自分が先頭に立って助けに行った。撤退命令が出れば、最後まで部下が戻るのを待っていた」
ヴィルも静かに頷く。
「だから皆、閣下について行きました。怖かったですが、信頼もしていました」
ラインが笑う。
「私なんて何度泣かされたことか。でも、最後は必ず助けてくださいました」
私は初めて知る父の姿に驚いていた。
家では穏やかな父。領民を大切にする領主。
それしか知らなかった。
「お父様にも、そんな時代があったんだ……」
思わず呟く。
ヘルムは優しく笑った。
「昔から変わってねぇよ!守る相手が、兵士から家族と領民に変わっただけだ」
私はその言葉に胸が熱くなった。
父は軍を捨てたのではない。
守るものが変わっただけなのだ。
ヘルムは空になったグラスを置く。
「だから、お前をここへ送り出した。自分が行けない代わりにな」
私は静かに頷いた。
「はい」
父が託した未来。
その重みを、改めて感じる夜だった。




