シュタインベルク伯爵家
転生した。
その事実は受け入れるしかなかった。
認めたくはない。だが鏡に映る少女は、どう見ても私ではなかった。
ならば次にやるべきことは決まっている。
情報収集だ。
外交官として二十年以上働いてきた。
状況が分からない時にやることは一つ。
まず事実を集める。
推測はその後だ。
私はまだ満足に身体を動かせない。
右目には包帯。頭にも包帯。
医者からも安静を言い渡されている。
つまり自分で歩き回ることはできない。
ならば人を使う。それだけだ。
「少し聞いてもいいかしら」
部屋の掃除をしていた侍女が振り返った。
「はい、お嬢様」
「この家には書庫がありますか?」
侍女は目を丸くした。
「書庫、でございますか?ええ。ございますが……」
何か不思議そうな顔をしている。
おそらく以前のヴィーダーベレは本に興味がなかったのだろう。
私は曖昧に微笑んだ。
「少し知りたいことがありまして」
記憶喪失は便利だった。
多少不自然な質問でも許される。
「お身体が回復されましたら、ご案内いたします」
「ありがとう」
まず一つこの屋敷には書庫がある。
良い情報源になりそうだ。
その後も私は質問を続けた。
父のこと。母のこと。妹のこと。
この屋敷のこと。領地のこと。使用人のこと。
一つずつ焦らず。
事実だけを積み上げる。
すると少しずつ輪郭が見えてきた。
この家はシュタインベルク伯爵家。
私は長女。
名前は、ヴィーダーベレ・フォン・シュタインベルク。
父は、グラウベ・フォン・シュタインベルク。
母は、リーブ・フォン・シュタインベルク。
妹は、ザンフト・フォン・シュタインベルク。
そこまでは理解できた。
「お父様はどのようなお仕事を?」
私が尋ねると、侍女は少し驚いた顔をした。
すぐに記憶喪失を思い出したのだろう。
表情を和らげる。
「旦那様は軍人でございます」
軍人。その言葉に思わず反応する。
「軍人……」
「はい」
侍女はどこか誇らしげだった。
「旦那様は軍で大変高い地位におられました」
高い地位。詳しい階級までは分からない。
だが普通の士官ではないのだろう。
私は小さく頷いた。
伯爵家。軍人の父。そして爆撃。
偶然とは思えない。
この家は何らかの形で戦争と関わっている。
そんな気がした。
窓の外へ視線を向ける。
石造りの建物。赤い屋根。見慣れない街並み。
見慣れない世界。私は静かに息を吐いた。
正直なところ、不安はある。
むしろ不安しかない。
だが焦っても仕方がない。
私は外交交渉の席で何度も学んだ。
情報不足のまま動く者は失敗する。
だから今は調べる。
国の名前。歴史。政治。経済。そして戦争。
知らなければ判断できない。
判断できなければ未来も選べない。
私は天井を見上げながら小さく呟いた。
「まずはシュタインベルク伯爵家からね」
幸い、この屋敷には書庫がある。
身体が動くようになれば徹底的に調べよう。
この家のことを。この世界のことを。
そして――私が生きることになった、この新しい人生のことを。




