認めたくない現実
翌日。
私は少しだけ身体を起こせるようになっていた。
まだ頭は重い。右目も見えないままだ。
それでも昨日よりは遥かにましだった。
「お加減はいかがですか、お嬢様」
侍女が水を差し出す。
私は受け取りながら尋ねた。
「私は……どうして怪我を?」
記憶喪失を装う以上、まずはそこから聞くべきだろう。
侍女は悲しそうな顔をした。
「覚えておられないのですね……」
「申し訳ありません」
「いえ」
侍女は小さく首を振った。
そして静かに話し始める。
「お嬢様は領都へ向かう途中でした」
「領都?」
「はい。奥様とザンフト様もご一緒でした」
ザンフト。写真立ての家族写真。
どうやら私には妹がいた様だ。
「その途中、爆撃がありまして……」
私は思わず眉をひそめた。
爆撃。
その言葉は聞き慣れている。
だが、ここでも使われるのか。
「敵機です」
侍女が続ける。
「本来、この辺りは爆撃を受ける場所ではありませんでした」
「……」
「後で聞いた話では、敵機が帰投する途中だったそうです」
私は黙って聞く。
嫌な予感がした。
「爆弾を使い切れなかったのでしょう」
侍女の声が震えた。
「残った爆弾を投棄したのです」
その瞬間。私は目を閉じた。前世でも聞いた。
何度も。何度も。何度も。
軍事的価値のない村。学校。病院。市場。
帰投前に投棄された爆弾によって命を失った人々の話を。
戦争では珍しくない。
珍しくないからこそ、胸糞が悪い。
「お嬢様は破片で頭を……」
侍女はそこで言葉を詰まらせた。
私は静かに息を吐く。
戦争。やはり戦争か。ここも結局。
戦争のある世界なのか。
「他の方は」
侍女は少し安心したような顔をした。
「奥様もザンフト様もご無事です」
その言葉に胸を撫で下ろす。
知らない人間のはずなのに、不思議と安堵した。
それがこの身体の感情なのか?私自身の感情なのかは分からない。
午後。
私はついに鏡を持って来てもらった。
侍女は少し困った顔をしたが、私が譲らなかったため、小さな手鏡を用意してくれた。
手が震える。
外交会議の壇上に立つ時より緊張していた。
ゆっくり鏡を覗き込む。
そこに映っていたのは――
見知らぬ少女だった。
白い肌。金色の髪。青い瞳。幼い顔立ち。
どう見ても十二歳前後。
私はしばらく言葉を失った。
冗談ではない。記憶喪失でもない。
人違いでもない。
鏡の中の少女は、私を見返している。
私は鏡から目を離せなかった。
「そんな……」
かすれた声が漏れる。
あり得ない。説明できない。
外交官として生きてきた四十数年の常識が音を立てて崩れていく。
だが目の前の現実は変わらない。
私は少女だった。
ヴィーダーベレ。
その名前が頭の中に響く。
そして、ようやく認めざるを得なくなった。
私は死んだのだ。あの砲撃で。
そして――別の人生を生きている。




