元海軍大将の忠告
ヘルムの家へ到着してから一夜。
朝食を終えた私達は、居間へ集まっていた。
ヘルムはコーヒーを一口飲むと、真面目な表情になる。
「まず一つ教えてやる」
部屋の空気が変わった。
「共和国政府は一枚岩じゃない」
私は姿勢を正す。
「どういうことですか?」
ヘルムは机へ簡単な図を書き始めた。
「復興を最優先に考える連中」
「帝国への報復しか考えてねぇ連中」
「自分達の利益しか見てねぇ連中」
「旧帝国の人間を徹底的に排除したい連中」
線を何本も引きながら続ける。
「それぞれが好き勝手動いてる」
「同じ共和国政府でも、考え方はバラバラだ」
私は思わず息を呑む。
「思っていた以上に複雑なのね……」
ヘルムはニヤリと笑う。
「だから新聞だけじゃ何も見えねぇ。もう一つ覚えとけ」
私はペンを握る。
「政治家より官僚を見ろ!国を動かしてるのは、案外そっちだ!大臣は替わる。だが官僚は残る。書類も情報も、最後はあいつらの机へ集まる」
私はノートへ大きく書き込んだ。
『政治家より官僚』
「ありがとうございます。これは大事なお話ですね」
ヘルムは満足そうに頷いた。
「グラウベがお前を寄越した理由が少し分かった気がする」
話が一段落すると、ヘルムは突然立ち上がり、奥の部屋へ消えた。
しばらくして、大きな木箱を抱えて戻ってくる。
「さて。次は護衛の話だ」
木箱を机へ置き、蓋を開ける。
中には丁寧に手入れされた拳銃や装備が並んでいた。
ラインとヴィルの目が思わず輝く。
「ルガー〇八が二丁に、予備弾倉と柄付き手榴弾。それと……」
ヘルムは一番小さな拳銃を持ち上げる。
「こっちはPPKだ」
そして私へ差し出した。
「おちび、お前の分だ」
私は思わず一歩下がる。
「ちょっと!何を渡そうとしてるんですか!」
ヘルムは不思議そうな顔をする。
「護身用だ。手紙に書いてある」
そう言ってグラウベから預かった手紙を広げた。
『ライン、ヴィルには護衛用武器を渡せ』
『娘にもPPKを携行させること』
私は思わず頭を抱えた。
「お父様ぁ……」
ヘルムはさらに読み進める。
「まだあるぞ」
『可能なら装備を整え、ヘルメットも持たせろ』
私は両手で顔を覆った。
「お願いだから、もう読まないで……」
ラインは肩を震わせながら笑いを堪えている。
ヴィルは真剣な顔で頷いた。
「さすが閣下です。娘を守ることを最優先に考えておられる」
私はすかさず突っ込む。
「そこじゃないでしょ!」
ヘルムは手紙の最後へ目を移した。
すると突然、吹き出した。
「ぶっ……まだ書いてある」
私は嫌な予感しかしなかった。
『出来れば戦車に乗せて移動させろ!安全第一である』
「は?」
部屋が静まり返る。
ラインが小さく呟く。
「戦車……ですか?」
ヴィルも苦笑する。
「首都の真ん中を戦車で走る気だったのでしょうか」
私は机へ突っ伏した。
「お父様ぁぁぁ……」
ヘルムは腹を抱えて笑っている。
「はっはっは!グラウベの奴!元帥じゃなくて、完全に親バカじゃねぇか!」
ラインもつい吹き出した。
「ここまでとは思いませんでした」
ヴィルも笑いながら頷く。
「演習では鬼でしたが、お嬢様のことになると別人ですね」
私は深いため息をつく。
「首都へ来る前は頼もしいお父様だったのに……」
「今は、ただの心配性の父親じゃない」
ヘルムは笑いながらPPKを箱へ戻した。
「安心しろ。戦車は用意できん。だが、お前は俺達が責任を持って守る」
私はようやく笑顔になった。
「お願いします」
ヘルムは頷き、真剣な表情へ戻る。
「明日からが本番だ。共和国の中枢は、この家の外とは比べ物にならん」
笑いの後、部屋の空気は再び静かに引き締まった。




