崩れた首都
首都への旅は、数日に及んだ。
最初の二日は穏やかだった。
シュタインベルク領を離れても、近隣の村はまだ落ち着いている。
しかし、首都へ近づくにつれて、その景色は少しずつ変わり始めた。
畑は荒れ。空き家が目立つ。人影も少ない。
私は窓の外を見つめながら、小さく呟いた。
「何か、おかしいわね……」
さらに馬車は進む。
街道沿いの町へ入ると、その違和感は確信へ変わった。
建物の壁には黒い煤。窓ガラスは割れたまま。
焼け落ちた建物も、そのまま放置されている。
私は思わず眉をひそめた。
「戦争の跡……?」
ヴィルは静かに首を横へ振る。
「違います」
ラインも周囲を見回しながら答えた。
「爆撃だけでは、こうはなりません」
私は建物をよく見る。
確かに砲撃の跡もある。
しかし、それだけでは説明がつかない。
焼け方が不自然だった。
店だけが焼けている場所。
窓だけが壊されている建物。
荷物だけが持ち去られている倉庫。
私は静かに呟く。
「放火……暴動の跡ね」
ヴィルも重く頷いた。
「恐らく物資を巡って争いがあったのでしょう」
誰も、それ以上は口にしなかった。
夕方。
ようやく首都近郊へ到着する。
遠くには共和国の首都が見えていた。
煙が何本も立ち上り、人の往来も異常なほど多い。
私は思わず息を呑む。
「思っていたより……」
しばらく言葉が出なかった。
そして、小さく呟く。
「酷い……」
新聞で読んだ首都とは全く違う。
そこにあったのは、復興する首都ではなかった。疲れ果てた首都だった。
街へ入る。
最初に目へ飛び込んできたのは長い行列だった。
パン屋。配給所。どこも人で溢れている。
さらに少し進むと、路地裏では人々が小声で何かを売り買いしていた。
ラインが小さく言う。
「闇市ですね」
紙幣ではなく。パン。酒。靴。薬。
現物ばかりが並んでいる。
その横には仕事を失った人々。
腕を組み、ただ道端へ座る元兵士達。
さらに広場では、
「政府は責任を取れ!」
そんな怒号まで聞こえてきた。
共和国政府への抗議だった。
私は窓からその光景を見つめ続ける。
新聞では一度も見たことのない景色だった。
馬車は少し速度を落とす。
ラインが振り返った。
「お嬢様。まずは元帥閣下の遠いご親族を訪ねましょう」
私は静かに頷く。
「……そうね」
いきなり共和国政府へ向かうより、その方が安全だろう。
ヴィルは周囲を警戒しながら小さく呟く。
「しかし……まだ、こんなに荒れていたとは」
ラインも苦い表情を浮かべる。
「私達が想像していた以上ですね」
私は焼けた建物を見つめた。
「爆撃というより……放火や暴動の跡じゃないかしら」
ラインは静かに頷く。
「私もそう思います」
ヴィルも続ける。
「誰かが火を放った形跡があります。略奪もあったのでしょう」
私は首都の街並みから目を離せなかった。
共和国は戦争に勝ったわけでもない。
平和を手に入れたわけでもない。
帝国が終わっただけだった。
その後に残ったのは、混乱と不信、そして希望を失いかけた人々だった。
私は静かに息を吐く。
「一体……ここで何があったのかしら」
その答えは、この首都で少しずつ明らかになっていくことになる。




