託された未来
翌朝。
父に呼ばれ、私は書斎へ向かった。
部屋には父だけではない。
昨日やって来た二人――ライン・ハイトとヴィル・モデルも同席していた。
机の上には、一枚の推薦状が置かれている。
父は静かにペンを走らせながら口を開いた。
「ベレ」
「はい、お父様」
父は書類から目を離さず話し続ける。
「私は過去を背負う人間だ」
部屋が静まり返る。
「帝国軍の元帥として戦った。共和国では、その過去は消えん」
私は黙って聞いていた。
父はゆっくりと顔を上げる。
「だが、お前は違う。お前は未来を作る人間になれ」
その一言には、これまで聞いたことのない重みがあった。
父は推薦状へ最後の署名を書き終える。
そして、それを私へ差し出した。
「共和国が認めるなら、お前が行け」
私は推薦状を受け取り、静かに頷く。
「……はい」
胸の奥が熱くなった。
父は私ではなく、未来を見ている。
その未来を託そうとしているのだ。
その時だった。
父が突然、真面目な顔のまま言った。
「それと今日から十五歳とする」
部屋が静まり返る。
私は目をぱちくりさせる。
「……はい?」
ラインとヴィルも完全に固まっていた。
数秒後。ラインが恐る恐る手を挙げる。
「いやいや……元……いえ、旦那様。流石に、それは……」
父は平然としている。
「何がだ?」
「何がだ、ではありません!」
ラインは思わず立ち上がる。
「お嬢様は、どう見ても十二歳ではありませんか!」
父は腕を組んだ。
「精神年齢なら、とっくに十五歳は超えている」
「いや、そういう問題じゃありません!」
ヴィルも珍しく苦笑する。
「閣下……失礼、旦那様。共和国の役人が信じるでしょうか?」
父はあっさり答えた。
「信じてもらう」
「いやいやいや……」
ラインは額へ手を当てた。
「昔から思っていましたけど、こういう時だけ強引ですよね」
父は何事もなかったように紅茶を飲む。
「ベレは、こう見えて頭も切れる。判断も早い。領地をここまで立て直したのもベレだ」
私は少し照れくさくなる。
父はさらに続けた。
「本来ならな首都なんぞ行かせたくない」
私は父を見る。
父は真剣な顔で話している。
「ザンフトと庭を散歩して」
「夜は家族で食事をして」
「昼はお茶会でも開いて」
「のんびり本でも読んでいればいい」
「年頃の娘らしく、優雅に暮らしていてほしい」
私は思わず笑ってしまった。
「お父様」
「何だ?」
「話がどんどん変な方向へ行ってます」
ラインとヴィルを見ると、二人とも苦笑しながら顔を見合わせていた。
「また始まった」
そんな表情である。ラインが肩をすくめる。
「昔からなんです。部下には厳しいのに、ご家族のことになると急に親バカになるんですよ」
ヴィルも静かに頷いた。
「元帥時代から変わりません。演習では鬼のように厳しかったのですが……お嬢様のお話になると別人です」
父は少し照れくさそうに咳払いをする。
「……余計なことは言わんでいい」
部屋に笑いが広がった。
私は推薦状を見つめる。
父は元帥ではない。今、この場にいるのは、共和国に警戒される旧帝国軍の英雄でもなく、シュタインベルク伯爵でもなく。
ただ一人。娘の未来を信じ、背中を押してくれる父親だった。
私は推薦状を胸に抱き、小さく微笑んだ。
「行ってきます、お父様」
父も穏やかに笑う。
「ああ、思う存分、未来を見てこい」




