難民
冬の足音が少しずつ近づいてきた頃。
領館の門前が、いつになく騒がしかった。
執事が慌てた様子で執務室へ入ってくる。
「旦那様、お嬢様」
「領館の前へ人が集まっております」
父が顔を上げる。
「何人だ」
「三十名ほどです」
私は少し首を傾げた。
「商人ですか?」
執事は静かに首を横へ振る。
「いえ……難民です」
部屋の空気が一変した。
私達は急いで門前へ向かった。
そこには疲れ切った人々が立っていた。
老人。女性。子供。
そして働き盛りの男性達。
皆、荷物は最小限しか持っていない。
一人の男性が深く頭を下げた。
「お願いします」
「この領地で働かせてください」
その声は震えていた。
「首都では仕事がありません」
「紙幣があっても食べ物が買えません」
「子供に食べさせる物もないんです」
後ろでは幼い子供が母親の服を握り締めていた。
私はその光景を黙って見つめる。
応接室へ戻ると、家族会議が開かれた。
父が口を開く。
「どう思う」
私は少し考え込む。
「流石に……」
思わず苦笑が漏れた。
「難民までは想定していなかったわ」
父も静かに頷く。
「私もだ」
母が心配そうに言う。
「ここまで他領の状況が悪いのでしょうか」
私は窓の外を見る。
「そのようですね」
新聞では伝わらなかった現実が、今、領館の門前まで来ていた。
父は腕を組む。
「受け入れるか?断るか?」
短い言葉だった。
だが、その重みは計り知れない。
受け入れれば、人手は増える。
だが食料も住む場所も必要になる。
断れば、領地は守れるかもしれない。
しかし、目の前の人々は行き場を失う。
私は静かに目を閉じた。
前世でも似た問題を何度も見てきた。
正解のない問題だった。
しばらく考えた後、私はゆっくり口を開く。
「受け入れましょう」
母が安堵したように息を吐く。
しかし私は続けた。
「ただし」
父も真剣な表情で私を見る。
「無制限にはしません」
部屋が静まり返る。
私は一枚の紙へ簡単な図を描いた。
領館から少し離れた空き地。
川。街道。森。
「ここへ簡易的な難民村を作ります。まず住む場所を確保します。働ける人には仕事を紹介します。子供や老人には炊き出しを行います。ただし、受け入れ人数には上限を設けます」
父が頷く。
「なぜだ」
私は静かに答えた。
「私達が共倒れになったら、誰も救えません。助けたい。でも、自分達まで倒れてはいけません」
父はしばらく黙っていた。
やがて静かに笑う。
「その判断ができるなら十分だ」
母も頷いた。
「では、その方針で進めましょう」
翌日から工事が始まった。
帰還兵達が木を切り大工が小屋を建てる。
井戸も掘られた。
炊き出し用の大鍋も用意される。
わずか数日で、小さな村が姿を現した。
難民達は涙を流しながら頭を下げる。
「ありがとうございます」
「本当にありがとうございます」
私は首を横へ振った。
「お礼は要りません。その代わり、働けるようになったら、この領地を支えてください」
男性達は力強く頷いた。
「はい!」
夕方。
私は新しくできた小さな村を眺めていた。
子供達の笑い声が聞こえる。
炊き出しの湯気が立ち上る。
それでも私は複雑な気持ちだった。
「参ったわね……」
こんな未来までは予想していなかった。
共和国全体の混乱は、ついに人の流れまで変えてしまった。
私は静かに空を見上げる。
「これで終わりじゃない。きっと、これからもっと増える」
その予感だけは、嫌というほど確信できた。
領地を守るということは今いる領民だけを守ることではない。
新たに助けを求めてくる人々とも向き合うことなのだと、ヴィーダーベレは改めて実感するのだった。




