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平和を望んだ少女は、戦争へ進む。 〜敗戦国の再建を目指した少女の誤算〜  作者:


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領内通貨?

ハイパーインフレが始まってから一か月。


共和国の紙幣は、日に日に価値を失っていた。

それでもシュタインベルク領では、大きな混乱は起きていない。


備蓄した物資。

一定価格で供給される鉄や木材。


そして何より、領民同士の信頼が領地を支えていた。


その日、私は市場を歩いていた。


「お嬢様」


声を掛けてきたのは、古くから商売を続ける商人だった。


「最近、困ったことはありませんか」


私が尋ねると、商人は苦笑した。


「困っておりますよ。共和国の紙幣じゃ、商売になりません」


私は静かに頷く。


「やはりそうですか」


商人は懐から紙幣を取り出した。


「これだけ持っていても安心できません。明日には価値が下がるかもしれませんから」


そして少し笑いながら続けた。


「正直に申し上げますと……共和国の紙幣より、伯爵家の引換証の方が信用できます」


私は思わず足を止めた。


「引換証?」


「ええ」


商人は真剣な表情になる。


「伯爵家が『この紙一枚で鉄を受け取れます』『木材を受け取れます』と言ってくださるなら、私は共和国の紙幣より、そちらを信用します」


私は返す言葉が見つからなかった。

商人は続ける。


「この領地では約束を守ってくださいました。鉄の値段も急に変わらなかった。木材も約束した価格で分けていただけた。だから皆、伯爵家を信用しています」


私は小さく頭を下げた。


「ありがとうございます」


屋敷へ戻ると、私は父へその話を伝えた。

グラウベは少し驚いたような表情を浮かべる。


「伯爵家の引換証か」


「はい」


私は頷いた。


「領民は、紙そのものではなく、誰が約束するかを見ています」


父は静かに腕を組んだ。


「つまり、伯爵家の信用が担保になるということか」


「そういうことです」


私は少し考えながら続ける。


「もし伯爵家が責任を持って交換を保証するなら、領内だけなら安定するかもしれません」


執事も興味深そうに話へ加わる。


「領内だけで流通する証書のようなものですな」


「ええ」


私は頷いた。


「でも、まだ早いです」


父が私を見る。


「なぜだ」


「信用は作るものではなく、積み重ねるものだからです」


私は静かに答えた。


「今は皆さんが伯爵家を信用してくださっています。でも、一度でも約束を守れなければ、その信用は一瞬で失われます」


部屋が静まり返る。


父はゆっくりと頷いた。


「だから慎重なのか」


「はい」


「制度だけ作っても意味はありません。支えられるだけの備蓄と信用があって、初めて成り立ちます」


その日の夕方。

私は市場を歩いていた。

商人達は以前より落ち着いて商売を続けている。


共和国の紙幣を受け取る店。

物々交換をする店。

そして、伯爵家の価格表を基準に値段を決める店。


少しずつではあるが、領内には独自の秩序が生まれ始めていた。

私はその様子を見ながら思う。


「信用って、そういうことなのね」


紙幣だから価値があるのではない。

金貨だから価値があるのでもない。

人が信じられるから、価値が生まれる。

その当たり前のことを、共和国は失ってしまった。


屋敷へ戻ると、私はノートを開いた。

新しいページへ、一つの題名を書く。


『領内引換証』


その下には、思いつく限りの仕組みを書き始める。


交換できる品目。発行枚数。管理方法。

偽造対策。責任者。書き終えた私は、そっとノートを閉じた。


「今は、まだ使わない。でも、いつか必要になる日が来るかもしれない」


私は窓の外を見つめ、小さく微笑む。


「伯爵家の信用を担保に、領内だけでも安定させる」


それは今すぐ実現する話ではない。


だが、この小さな発想は、後にシュタインベルク領の経済を支える新たな仕組みへと繋がっていくのだった。

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