共和国の役人
夏も終わりに近づいたある日。
シュタインベルク伯爵家へ一台の馬車が到着した。
「共和国政府より参りました」
執事の案内で応接室へ通されたのは、以前視察に訪れた役人だった。
だが今回は表情が違う。視察ではない。
何かを学びに来た者の顔だった。
私は父に言われ、隣の部屋で話を聞くことになった。
「ベレ、お前はまだ表へ出るな」
「はい、お父様」
私は静かに扉の向こうへ耳を傾けた。
応接室では父と母、それに執事が役人を迎えていた。
「本日はお願いがあって参りました」
役人は深く頭を下げる。
「お願い、ですか」
父が静かに問い返す。
「はい」
役人は少し言いにくそうに続けた。
「シュタインベルク領の復興政策について、お話を伺いたいのです」
部屋が静まり返る。
父が落ち着いた口調で尋ねる。
「他領は、そのような状況なのですか?」
役人は苦い表情を浮かべた。
「正直に申し上げます。混乱しております。市場では物価が上がり始め、帰還兵の仕事も足りません。治安も少しずつ悪化しております。領民からの不満も日に日に増えております」
父は静かに頷いた。
「それで、我が領地へ」
「はい」
役人は頭を下げる。
「前回の視察で、この領地だけが落ち着いていることに驚きました。本日は、その理由を教えていただきたく参りました」
父はリーブへ視線を向ける。
母は静かに話し始めた。
「私達が特別なことをした訳ではありません」
「戦争が終わってすぐ、食料や種子、農具などを優先して確保しました」
執事も続ける。
「帰還兵の方々には仕事を用意いたしました。橋や街道の補修、治安隊の編成もその一つでございます」
父が補足する。
「武器は回収し、農具へ作り替えた。鍛冶屋では弟子を育て始めている」
役人は必死に手帳へ書き込んでいく。
「なるほど……仕事を与え、物資を確保し、物流を止めなかったのですね」
父は静かに頷いた。
「復興は、一つだけやっても意味がない。全てが繋がっている」
役人は感心したように何度も頷いていた。
しばらくして席を立つ。
「本日は誠にありがとうございました」
父と母が玄関まで見送る。
馬車へ乗り込む直前。
役人は領地を振り返り、小さく呟いた。
「この領地だけ……」
少し間を置く。
「戦後ではなく、戦前のようだ」
その言葉を残し、馬車はゆっくり走り去っていった。
私は隣の部屋から出ると、小さくため息をついた。
「簡単に言ってくれるわね」
父と母がこちらを見る。
「全く」
私は苦笑する。
「そんな都合よくいく訳がないじゃない。橋を直して終わりでもない。仕事を作って終わりでもない。今日落ち着いて見えるのは、何か月も前から少しずつ積み重ねてきた結果です」
私は窓から遠ざかる馬車を見つめる。
「これからだって問題は山ほど出てくるはず」
「物価も上がる。失業も増えるかもしれない。まだ何も終わっていないのに」
父は静かに笑った。
「その通りだ。だからこそ、お前は先を見ている」
私は肩をすくめた。
「でも……」
少し考え込む。
共和国政府の役人が、わざわざ一地方の領地へ復興政策を聞きに来た。
それは裏を返せば中央政府にも決定的な答えがないということだ。
私は小さく呟いた。
「わざわざ話を聞きに来るなんて……共和国、大丈夫なのかしら」
その疑問に答えられる者は、この場には誰もいなかった。
ただ一つ分かることがある。
国は新しくなった。
しかし、国を立て直す方法までは、まだ誰も見つけられていなかった。




