領主の仕事
「今日は一緒に来なさい」
朝食を終えた後、父が私へ声を掛けた。
「どちらへですか?」
「領主の仕事だ」
私は少し驚きながらも頷いた。
「はい」
今日は杖も必要なく歩ける。
父の隣を歩きながら、私は少しだけ胸が高鳴っていた。
最初に向かったのは応接室だった。
そこでは二人の農民が向かい合って座っている。表情は険しい。父は静かに席へ着いた。
「話を聞こう」
二人は口々に言い始める。
「境界の杭が動かされた!」
「いや、元からあの場所だった!」
私は黙って聞いていた。
父は途中で一度も口を挟まない。
最後まで話を聞き終えてから執事へ視線を向ける。
「測量記録を」
「かしこまりました」
古い地図と記録が運ばれてくる。
父はそれを確認し、静かに結論を出した。
「杭を元の位置へ戻す。双方とも異論はあるまい」
二人は少し考えた後、頭を下げた。
「承知しました」
私はその様子を見ながら感心していた。
怒鳴るでもない。威圧するでもない。
事実だけで判断している。
昼前。
今度は税の報告だった。
執事が帳簿を開く。
「今年は税収が少し回復しております」
父は静かに頷いた。
「無理に税を上げる必要はない」
私は思わず父を見る。
父は続ける。
「領民が豊かになれば税は自然と増える」
私は小さく頷いた。
考え方が私とよく似ている。
午後。
今度は孤児院だった。
戦争で親を失った子供達が暮らしている。
父は施設を見回り、一人ひとりへ声を掛けていく。
「困っていることはないか」
子供達は緊張しながらも頷いた。
帰り道に私は尋ねた。
「お父様」
「何だ」
「領主のお仕事は忙しいですね」
父は少し笑った。
「忙しいぞ。裁判もある。税もある。領地の境界争いもある。孤児や病人のことも考えねばならん。軍人より仕事が多いかもしれんな」
私は思わず笑ってしまった。
屋敷へ戻ると、私はすぐに机へ向かった。
ノートを開く。今日父が話したこと。
裁判の進め方。判断の基準。税の考え方。
孤児への対応。
細かいことまで、一つ残らず書き留めていく。
前世でも会議の内容は必ず記録していた。
人の記憶は曖昧になる。だが、文字は残る。
私は夢中になってペンを走らせた。
夕方。
父が書斎へ入ってくる。
私の机を見ると、少し驚いたようだった。
「……それは何だ」
私はノートを見せる。
「今日教えていただいたことです」
父はページをめくる。
そこには細かな文字が何ページにもわたって並んでいた。
裁判。税。領民との接し方。孤児院で気付いたこと。私なりの考えまで書き込んである。
父は静かに笑った。
「ここまで書くとは思わなかった」
私は少し照れ笑いを浮かべる。
「忘れたくありませんので。後で読み返せますし」
父はノートを閉じて私へ返した。
「良い習慣だ」
そして少し真面目な表情になる。
「ベレ」
「はい」
「領主の仕事は命令することではない」
私は父を見つめる。父は静かに続けた。
「決断することだ。どちらを選んでも誰かが傷付くこともある。それでも決めなければならない。それが領主だ」
私はその言葉を胸の中で何度も繰り返した。
決断すること。
その言葉は、不思議と前世を思い出させた。
外交も同じだった。
国と国の間で。限られた情報の中で。
最善だと信じる答えを選び続ける。
誰もが納得する答えなど存在しない。
それでも決断しなければ、何も前へ進まない。
私はノートの最後のページを開き、一行だけ書き加えた。
『領主と外交官は、思っていたより似ている』
その一文は、これから先のヴィーダーベレにとって、大切な指針となっていくのだった。




