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平和を望んだ少女は、戦争へ進む。 〜敗戦国の再建を目指した少女の誤算〜  作者:


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父の違和感

役人が帰って数日後。

夕食を終えた私は、父の書斎を訪れていた。

暖炉には静かに火が灯り、本棚には軍事書や地図が並んでいる。


父は一枚の地図を広げたまま考え込んでいた。


「お父様」


私が声を掛けると、父はゆっくり顔を上げた。


「ベレか」


私は父の向かいへ腰を下ろす。

以前から聞きたかったことがあった。


「西側前線では、実際に何が起きていたのですか」


父は少しだけ目を閉じ、静かに口を開いた。


「新聞には書かれていない話だ」


私は小さく頷く。


「承知しております」


父は机の上の地図へ指を置いた。


「停戦命令が届いた時、西側前線は決して崩壊していた訳ではない」


私は思わず聞き返した。


「そうだったのですか?」


「もちろん苦しい戦いだった。しかし、新兵器の投入によって戦況は少しずつ変わり始めていた」


父の指が前線をゆっくりとなぞる。


「航空機、戦車。どちらも数は少ない。だが、それまでの戦い方を変えるだけの力は十分に持っていた」


私は黙って耳を傾ける。

前世で知っている兵器。

戦争の常識を変えた存在だ。


「我々は反攻作戦の準備を進めていた」


父は淡々と続ける。


「弾薬も燃料も食料も、前線には十分な備蓄があった」


「補給線も維持されていた。兵の士気も決して低くはなかった」


私は静かに尋ねる。


「つまり、まだ戦えたということですね」


父は頷いた。


「少なくとも、前線の指揮官達はそう判断していた」


書斎に静かな空気が流れる。

父は一度息を吐いてから続けた。


「そこへ突然、停戦命令が届いた」


私は父の表情を見つめる。


「理由は……?」


「書かれていなかった」


短い返事だった。


「命令書には停戦とだけ記されていた。現場の誰も理由を知らなかった」


私は思わず眉をひそめる。


「混乱したのですね」


「ああ」


父は苦笑する。


「攻勢直前の部隊もあれば、すでに進撃を始めていた部隊もあった。誰もが『なぜ今なのか』と戸惑った」


父は引き出しから数枚の資料を取り出した。


「その後、私は別の任務を命じられた。ルーキ港反乱の調査だ」


私は自然と身を乗り出す。


「新聞にも載っていました」


父は静かに頷く。


「だが、新聞に書かれていた内容はほんの一部だ」


父は資料を一枚ずつ机へ並べる。


「反乱を起こしたのは、本国軍ではない。植民地軍だった」


私は驚きを隠せなかった。


「植民地軍……」


「そうだ」


父は資料へ視線を落とした。


「私は命令系統を調べた。誰が命令を出したのか?誰が最初に報告したのか?誰が鎮圧軍を編成したのか?関係する資料を全て調べ上げた」


私は固唾を飲んで続きを待つ。

父はゆっくり首を横へ振った。


「何も残っていなかった」


私は思わず聞き返す。


「何も……ですか?」


「ああ」


「命令書がない。命令系統も分からない。鎮圧軍を編成した記録もない。最初の報告者さえ曖昧だった」


私は言葉を失った。

軍という組織で、それは異常だ。

命令には必ず記録が残る。報告も書類になる。

それが軍隊というものだ。


父は暖炉の炎を見つめながら静かに言う。


「証拠はない。だから誰かを犯人だと決めつけるつもりもない」


少しだけ間を置く。


「だが……違和感だけが残った」


暖炉の薪が小さく音を立てる。

父は低い声で続けた。


「まるで背後から一突きされたような感覚だった」


私はその言葉を胸の中で繰り返した。

戦場で正面から敗れた。そんな話ではない。

何かが突然、帝国の背後で起きた。

そして、それが一気に戦争の流れを変えてしまった。


「黒幕がいたのでしょうか?」


思わず口をついて出た言葉だった。

父は静かに首を振る。


「分からん。軍人は証拠で判断する。憶測だけで結論を出せば、多くの命を危険にさらす」


その言葉には重みがあった。

私は静かに頷く。


前世でも外交の世界は同じだった。

噂では動かない。感情でも動かない。

積み重ねた事実だけが判断材料になる。

父は資料を閉じる。


「真実は、いつか明らかになるかもしれん。だが今は、それを追う時ではない」


私は父の顔を見る。


「今、やるべきことは」


父は穏やかに微笑んだ。


「この領地を立て直すことだ」


その言葉に私は大きく頷く。

帝国は滅びた。

理由が何であれ、過去は変えられない。

ならば変えられるのは未来だけ。

私は改めて、その決意を胸に刻んだ。

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