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平和を望んだ少女は、戦争へ進む。 〜敗戦国の再建を目指した少女の誤算〜  作者:


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違和感

春も深まり始めた頃。

一本の公文書がシュタインベルク伯爵家へ届いた。


差出人は――臨時政府。


内容は短い。


『領地視察のため役人を派遣する』


その一文だけだった。

私は書類を見ながら小さく息を吐く。


「来たわね……」


父は静かに頷いた。


「当然だろう。我が領地だけが落ち着き過ぎている」


数日前。


父が話していた通り、臨時政府は貴族の銀行口座を一斉に凍結した。


理由は賠償金確保。財産調査。

復興財源。貴族社会は大混乱だった。

現金を引き出せない。支払いができない。

使用人への給金すら払えない家もあるという。


新聞にも連日、大きく報じられていた。


私は記事を読みながら思う。


「やっぱり始まったか」


しかしシュタインベルク伯爵家だけは違った。

銀行へ預けていた現金は、ごくわずか。

大半は既に、食料、種子、肥料、農具、木材、鉄材と生活物資へ姿を変えていた。


父は苦笑する。


「まさか現金が残っていないことを喜ぶ日が来るとはな」


私は肩をすくめた。


「結果論ですけどね」


数日後。

政府の役人が領館へやって来た。

年齢は四十代ほど。真面目そうな男だった。


応接室では父と母、執事が迎える。

私は隣室で静かに話を聞いていた。


「本日は視察に参りました」


役人は丁寧に頭を下げる。


「ご苦労様です」


父も落ち着いて応じる。

役人の質問は次々と続いた。


「なぜ現金が残っていないのですか?どの時点で物資へ交換しましたか?」


執事は帳簿を机へ並べる。


「こちらをご覧ください」


役人はページをめくる。

日付。品目。金額。


全て細かく記録されていた。

やがて手が止まる。


「……これは」


執事が静かに答える。


「全て降伏調印から数日後でございます」


役人は眉をひそめる。

帳簿をもう一度確認する。

さらに新聞の日付とも照らし合わせる。

そして気付く。

銀行口座凍結より、何週間も前だった。


「情報を……」


役人は呟く。


「事前に入手した訳ではないのですか」


父は静かに首を振る。


「不可能です。その頃は、銀行口座凍結の話そのものが存在しておりません」


役人は黙る。確かにそうだった。

この帳簿が本物なら。恐らく後で銀行にも確認へ行くだろう。

しかし未来を知っていなければ説明できない。


未来を知ることなど不可能だ。

つまり純粋な判断だった。


午後。


役人は領地を視察した。


市場。橋。工房。学校。倉庫。


帰還兵が道路を補修している。

鍛冶屋では農具が作られている。

治安隊が町を巡回している。

市場では荷車が行き交っている。

他の領地とは明らかに空気が違った。


混乱はある。不安もある。


それでも人が動いていた。


夕方。


役人は馬車へ乗り込む。父と母が見送る。

私は二階の窓からその様子を眺めていた。

役人は領館を振り返る。

そして誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。


「この領地……何か違う」


それ以上は何も言わない。

馬車は静かに走り去っていった。


私は窓辺から遠ざかる馬車を見送る。

違う。私達は特別なことをした訳ではない。

少し早く動いただけ。数字を見て。人の話を聞いて。必要なものを先に用意しただけ。


だが、その「少し早く」が、今では領地全体の違いになって表れていた。


そして、その違いは、やがて臨時政府や他の領地からも注目されることになる。


その時、私はまだ知らなかった。


この小さな領地の取り組みが、やがて国全体の復興を左右する第一歩になることを。

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