学校はあるの?
その日。私は領地の視察で、小さな村の学校を訪れていた。
木造の平屋。決して大きくはない。
窓からは子供達の声が聞こえてくる。
「学校……」
私は少しだけ嬉しくなった。
戦争中でも残っていたのだ。
教室へ入ると、初老の教師が深く頭を下げた。
「ようこそ、お嬢様」
教室には十数人の子供達。
机も椅子も古い。壁には地図が一枚。
黒板もかなり傷んでいた。
私は教室をゆっくり見回す。
「思ったより少ない……」
教師が少し困ったように笑う。
「本来なら、この倍ほどおります」
「ですが……」
そこで言葉が止まる。
「畑ですね?」
教師は静かに頷いた。
「春が近づきますので子供達も大切な働き手です」
私は窓の外を見る。
畑では小さな子供まで働いている。
責められない。食べるためだ。
学校へ行くより、生きることが優先なのだ。
私は小さく息を吐いた。
「これも、あるあるか……」
前世でも紛争地域では珍しくなかった。
生活が苦しい家庭ほど、子供は学校へ行けなくなる。
私は本棚へ近付いた。
数冊の教科書。何度も修理された絵本。
古びた辞典。
それだけだった。
「これだけですか?」
教師は申し訳なさそうに答える。
「戦争で新しい本が届かなくなりまして……」
私は一冊手に取る。ページは擦り切れ。
何人もの子供が読んだ跡が残っている。
「流石に……」
私は苦笑した。
「本が少なすぎるわね」
帰りの馬車。
私は腕を組みながら考えていた。
本は必要だ。新しく大量に買う余裕はない。
「なら……」
ふと思い付く。
「寄付をお願いしてみようかしら」
教会。商人。読まなくなった本。古い教科書。
少しずつ集めれば、本棚は増やせるかもしれない。
新品である必要はない。読めればいい。
知識は受け継げる。
もう一つ、大きな問題が残っていた。
子供達が学校へ来られないこと。
私はその理由を考える。
勉強が嫌いだからではない。
親が反対しているからでもない。
生活のためだ。
畑を耕し。薪を拾い。家畜の世話をする。
その仕事が終わらなければ、家族が困る。
私は目を閉じる。
「どうすれば来てもらえる……?」
しばらく考えた後、小さく呟いた。
「給食……」
執事が聞き返す。
「給食?でございますか?」
「ええ」
私は頷いた。
「せめて午前中だけでも学校へ来てもらうの。勉強をして、お昼を食べてから畑へ向かう。それなら親御さんの負担も少し減ります」
執事は驚いたように私を見る。
「食事まで用意するのですか?」
「豪華な物はいりません」
私は首を振る。
「温かいスープと黒パンでも十分です。子供達が安心して学べる場所にしたいんです」
屋敷へ戻った私は、今日一日の出来事をノートへ書き込んだ。
橋。道路。鍛冶屋。
そして学校。どれも大切だった。
その中でも教育だけは少し違う。
橋は一年で完成する。
農具も数日で作れる。
しかし、人を育てるには何年も掛かる。
私はペンを置き、小さく微笑んだ。
「復興には教育も必要」
今すぐ成果は出ない。
けれど、十年後、二十年後にこの領地を支えるのは、今日学んでいる子供達だ。
その未来のために。
私は、新しい計画を静かに描き始めていた。




