領地の数字
橋の補修が終わり、領地にも少しずつ活気が戻り始めた。
その日の朝。
私は書庫の机いっぱいに紙を広げていた。
執事から受け取った報告書。
鍛冶屋からの作業報告。
橋の工事記録。
治安隊の巡回記録。
全てを並べていく。
「さて……」
私はペンを手に取った。
「一度整理しましょう」
まず書いたのは雇用人数だった。
雇用した帰還兵 十七名
私は頷く。
「まだ少ない」
それでもゼロではない。
十七人に給金が渡った。
その家族も含めれば、数十人の生活を支えている。
次。
補修した橋 一基
私は思わず笑う。
一本だけ。たった一本。
だが物流は確実に良くなった。
商人の荷車も増えている。
数字以上の価値があった。
続いて。
修理した荷車 十一台
「思ったより多いわね」
荷車は物流そのものだ。
一台動けば、農作物も、木材も、人も動く。
さらに書き込む。
回収した武器 二百三十八点
剣。槍。銃剣。古い銃。
数字だけ見ると多い。
私は少し考える。
これだけの武器が戦争へ使われていた。
そう思うと複雑だった。
最後に。
再利用した木材 三百四十一本
私は小さく息を吐く。
倉庫で眠っていた木材。
荷車。柱。板。
その多くが再び使われ始めた。
捨てられるはずだった物が、新しい役目を得ている。
私は全体を眺めた。
数字が並び、淡々としている。
感情は書かれていない。
だが私は知っている。
数字の向こう側には、人がいる。
橋を直した大工。
荷車を修理した職人。
武器を鍬へ変えた鍛冶屋。
働き始めた帰還兵。
その家族。全部、この数字の中にいる。
前世で何度も思った。
会議では様々な意見が飛び交う。
楽観論。悲観論。感情。政治。立場。
人は簡単に嘘をつく。
数字だけは違う。
「数字は嘘をつかない」
私は自然と口にしていた。
もちろん数字だけでは、見えないものもある。
それでも現状を知るには、最も確かな道具だった。
私はもう一枚、新しい紙を取り出す。
今度は未来を書く。
橋。あと四本。街道補修。河川整備。
倉庫修繕。農具修理。
やることは山ほどある。
私は苦笑した。
「暇をする時間はなさそうね」
その時だった。
鍛冶屋から届いた報告書へ目が止まる。
炉は順調に動いている。
武器の再利用も問題ない。
私は少し安心した。
「うんうん」
「上手くいってる」
小さいながらも。
領内には鉄を扱える鍛冶屋がある。
これは本当に助かる。
鉄が加工できる。修理もできる。
新しい道具も作れる。
復興には欠かせない存在だ。
私は工房の図面を思い浮かべる。
「ここも、そのうち何とかしたいわね」
もっと大きな炉。
もっと効率よく鉄を加工できる設備。
できれば水車を利用した動力も考えたい。
そうすれば、一日に作れる農具の数も増えるはずだ。
だが、私はすぐに首を横へ振った。
「まだ早い」
今、一番必要なのは機械ではない。
食料だ。
春を迎え畑を耕し収穫を増やす。
それが最優先だった。
私は計画書の一番上へ大きく書く。
『最優先 食料増産』
その文字を見つめながら、小さく頷く。
領地は少しずつ立ち直り始めている。
だからこそ焦らず、一歩ずつ土台を固めなければならない。
そうすれば、この小さな領地は、きっと未来へ進めるはずだった。




