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平和を望んだ少女は、戦争へ進む。 〜敗戦国の再建を目指した少女の誤算〜  作者:


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最初の給金

橋の補修工事が始まって二週間。


領館の庭には、十数名の帰還兵が集まっていた。橋の欄干は新しくなり、傷んでいた橋脚も補強された。


完璧ではない。


それでも、安全に荷馬車が通れるようにはなった。私は少し離れた場所から、その様子を眺めていた。


「今日でしたね」


執事が静かに言う。

私は頷く。


「ええ」


今日は初めての給金の日だった。

母が一人ずつ名前を呼ぶ。


「ご苦労様でした」


そう言って封筒を手渡していく。

兵士達は深く頭を下げる。

金額は決して多くない。

それでも、自分で働いて得た最初の賃金だった。

ある若い帰還兵は封筒を何度も見つめている。

まるで本物かどうか確かめるように。


「働いて、お金をもらう……」


その声はどこか震えていた。

その日の午後。私は市場へ向かった。


理由は一つ。


給金がどのように使われるのか、自分の目で見たかったからだ。


市場へ着くと、先ほど給金を受け取っていた兵士達の姿があった。


一人はパン屋へ向かう。


「家族の分も頼む」


嬉しそうにパンを受け取る。

別の兵士は靴屋へ入った。


「息子の靴なんだ。もう小さくなってしまって」


店主は笑顔で靴を選び始める。

さらに別の兵士は、小さな袋を大切そうに抱えていた。


「砂糖ですか?」


私が尋ねると、男は照れくさそうに笑う。


「妻が甘い物好きでして。久しぶりに食べさせてやりたくて」


私は自然と笑みが浮かんだ。

その袋は決して大きくない。

だが、その家族にとっては大きな贈り物なのだろう。


市場を歩いていると、商人達の会話が聞こえてきた。


「最近、少し客が戻ってきたな」


「橋の工事をしていた連中だろ」


「ありがたい話だ」


パン屋も笑っている。靴屋も忙しそうだ。

小さな変化だった。だが確かに変わっている。


私は市場の様子を静かに眺める。


一人が働く。給金を受け取る。

そのお金で買い物をする。

店は売り上げが増える。

商人は仕入れを増やす。その仕入れ先も潤う。


私は思わず足を止めた。


「そういうことなのね……」


前世では経済報告書として読んでいた。

数字で理解していた。

だが、目の前で見ると全く違う。

雇用は、一人を助けるだけではない。


家族を助ける。商人を助ける。町を助ける。


そして領地全体へ少しずつ広がっていく。

私は静かに呟いた。


「経済って、人が動かしているのね」


帰りの馬車。

私は今日一日の出来事を思い返していた。

今のところ、市場は落ち着いている。

もちろん物価は以前より高い。

それでも暴騰している訳ではない。

商売も続いている。


「ふぅ……」


私は小さく息を吐く。


「今のところ、経済的な影響は思ったより小さい……?」


私は腕を組む。


「それとも……」


臨時政府への信用が、まだ残っているのか。

いや?それだけで説明できるだろうか。


戦争は終わったばかり。


人々も、商人も、銀行も。


まだ様子を見ているだけなのかもしれない。


「そんなに簡単な話じゃないわね」


私は苦笑する。

前世でも、市場はすぐには崩れなかった。

本当に危険なのは、その少し後だった。


屋敷へ戻ると、その日の夕刊が届いていた。

私は何気なく新聞を開く。

すると、小さな記事が目に留まる。


『臨時政府、復興財源確保を検討』


『国債発行および新紙幣の追加印刷を議会へ提案』


私は記事を読み終えたまま、しばらく動けなかった。


「……紙幣を、増やす?」


復興には金がいる。それは理解できる。

だが、その方法を間違えれば――。

前世の知識が警鐘を鳴らす。

必要以上に紙幣を発行すれば、お金の価値は下がる。物価は上がる。


そして最後には、人々の生活そのものを押し潰す。私は静かに新聞を閉じた。


「お願いだから……」


その言葉は誰にも聞こえない。


「それだけは、やめて」


しかし、その願いとは裏腹に。


臨時政府は、復興のためという名目で、大量の紙幣発行へと舵を切ろうとしていた。

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