霧中砲撃
フィン湾。
「霧が濃いな」
艦橋から前方を見つめても、白い霧に包まれて何も見えない。
「はい。視界は、ほぼゼロですな」
「微速前進中」
「コンパスから目を離すなよ」
「了解」
その時、電探担当の士官が声を上げる。
「艦長。電探では周囲の状況を確認できます」
艦長は少し笑う。
「ふふふ。そうだったな。しかし、便利なもんだなぁ」
「ですな」
士官も感心したように頷く。
「まさか総統が、こんな旧式戦艦を改装して、最新の電探まで装備してくれるとは思いませんでした」
「我が国は陸軍国家だ。海軍国家に追いつこうとすれば、時間も金も掛かる。だからこそ、今ある艦を改修して、一隻一隻の能力を高める方針だそうだ」
「なるほど」
士官は電探の画面へ目を戻す。
「そのお陰で、ここまで敵に発見されずに接近できたわけですな」
「そういうことだ」
艦長は前方の霧を見つめる。
「シアの奴ら、驚くだろうな。まさか、こんな場所から艦砲射撃を受けるとは思っていないでしょう」
「ですな」
砲術士官が口を挟む。
「旧式とはいえ、二八センチ砲と一七センチ砲があります。十分な火力です」
艦長が頷く。
「フィン軍から偵察情報が入れば、シア軍の後方陣地を直接叩ける」
「敵の前線ではなく、後方を狙うわけですな」
「ああ。補給拠点や砲兵陣地を叩けば、フィン軍の負担も減る」
その時、伝令が駆け込んでくる。
「艦長!」
「何だ?」
「砲撃海域まで、あとわずかです!」
艦長は時計を確認する。
「よし!各砲塔、準備!目標はシア軍後方陣地!僚艦にも通達しろ!」
「はっ!」
艦内が一気に慌ただしくなる。
「砲撃準備!」
「装填完了!」
「照準よし!」
艦長が静かに命令する。
「全門、開け!」
「シア軍後方陣地へ砲撃開始!」
「はっ!」
次の瞬間。
ウーーーーン!
艦の警報が鳴り響く。
そして――ドン!ドン!ドン!
二八センチ砲が一斉に火を噴いた。
巨大な砲声が霧を震わせ、艦そのものが大きく揺れる。
「着弾まで!」
「観測を続けろ!」
「次弾装填急げ!」
「急げ!」
霧の向こう側へ、巨大な砲弾が飛んでいく。
その存在すら知られていなかった共和国の戦艦が、フィン湾からシア軍の後方へ砲撃を開始した。
「さあ、シア軍」
艦長は霧の向こうを見つめる。
「海からの攻撃を味わってもらおうか」
シア軍・後方陣地。
ピューーーーーン!
空気を切り裂く音が響いた。
「何だ!?」
次の瞬間――ドッカン!ドッカン!ドッカン!
地面が激しく揺れる。
「砲撃だ!」
「フィン軍からの野砲か!?」
「奴ら、いつの間にここまで前進してきた!?」
次々と砲弾が飛来する。
ピューーーーーン!
ドッカン!ドッカン!ドッカン!
「集積地に着弾!」
「火災発生!」
後方の燃料や弾薬が次々と炎に包まれていく。
「反撃を加えろ!」
「フィン軍の砲兵陣地を探せ!」
「砲撃位置を特定しろ!」
シア軍の砲兵隊も反撃を開始する。
ドン!ドン!ドン!
しかし、どれだけ探してもフィン軍の砲撃陣地が見つからない。
「どこから撃っているんだ!」
「分かりません!」
「フィン軍の野砲が、こんな後方まで届くはずがない!」
「では、一体どこから……」
次の瞬間。
ピューーーーーン!
ドッカン!
再び後方陣地が吹き飛ぶ。
「また来たぞ!」
「退避しろ!」
「弾薬庫を守れ!」
後方は一気に混乱へ陥っていた。
その頃、前線でも異変が起きていた。
「司令部!」
「何だ!」
「前線から連絡です!」
「フィン軍の動きが活発になっています!」
「まさか……」
「前線が突破されたのか!?」
指揮官が地図を睨みつける。
「馬鹿な……」
「これほどの砲撃が後方へ届くということは、フィン軍が相当近くまで進出しているはずだ」
しかし、別の士官が慌てて報告する。
「違います!」
「では何だ!」
「この霧です!」
「霧?」
「前方がほとんど見えません!」
「フィン軍が、この霧を利用して接近している可能性があります!」
指揮官の顔から血の気が引く。
「……全軍、前方に注意しろ!」
「敵がどこにいるのか分からんぞ!」
シア軍はまだ気付いていなかった。
後方を襲っている砲撃の正体が、フィン軍の野砲ではないことに。
霧の向こう。
フィン湾に潜む二隻の共和国戦艦が、再び主砲を構えていた。




