崩れゆくポランド
ポランド首都。
大統領府では、共和国が発表した宣戦布告を受け、緊急会議が開かれていた。
閣僚たちの表情には、驚きと焦りが浮かんでいる。
「なぜ……」
大統領が震える声で呟く。
「なぜ共和国が、我が国にまで宣戦布告を……」
外務大臣が苦い表情で答える。
「すでに、時間を失いました。共和国はこれまで、避難民の受け入れや医薬品の提供、飛行場の使用など、何度も我が国へ打診してきました」
「それを我々は拒み続けた。恐らく、今となっては共和国からの協力を得ることは困難でしょう」
大統領が机を叩く。
「ならば、共和国への防衛戦を準備しろ!」
国防大臣が慌てて口を挟む。
「それは……」
「何だ!」
「そうなれば、共和国が主張している『我が国とシアの間に何らかの裏取引があるのではないか』という疑念を、逆に裏付けることになりかねません」
「我が国が共和国へ攻撃を仕掛ければ、共和国の主張を認めたように受け取られる可能性があります」
大統領は言葉を失う。
「なら……どうしろというのだ!」
国防大臣は地図を広げる。
「共和国との戦闘を避けるため、西側に配置している部隊をすべてシア軍へ向けてはどうでしょう。共和国との戦闘意思がないことを示せます」
大統領はすぐに頷く。
「そうだ!西側の軍をシアへ向けろ!」
しかし参謀総長が静かに首を横へ振る。
「それが……難しい状況です」
「なぜだ!」
「すでに制空権を失っています。さらに、シア軍の進撃によって主要道路や鉄道も寸断されております。西側へ部隊を移動させること自体が困難です」
「では……どうすればいい!」
誰も答えられない。
重苦しい沈黙が会議室を包む。
やがて、一人の参謀が口を開いた。
「……西側に残っている部隊を、共和国へ降伏させるという方法があります」
大統領が目を見開く。
「何だと?」
「共和国軍へ降伏させれば、少なくとも共和国との戦闘は避けられます」
「そして、その間に政府は……」
参謀は言葉を濁す。
「政府は?」
「亡命の準備を」
「馬鹿な!」
大統領が立ち上がる。
「まだ我が国は負けていない!」
しかし、別の参謀が静かに告げる。
「大統領閣下。シア軍は、すでに首都郊外まで進出しております。前線からの報告も途絶え始めています」
「我々は……」
一度言葉を切る。
「すでに敗北を前提に、次の手を考える段階に入っております」
大統領は何も言えなかった。
「軍を少しでも残してください。共和国への攻撃だけは絶対に避ける。そして政府は国外へ退避する。それが、今残されている数少ない選択肢です」
会議室に沈黙が落ちる。
ポランド政府は、シア軍だけではなく、共和国との関係まで誤った判断によって悪化させてしまった。
そして今、国家そのものの存続を懸けた決断を迫られていた。
総統執務室。
ベレの目の前には、急遽まとめられたポランド侵攻作戦案が置かれていた。
「……これが作戦案ね」
ベレは資料をめくっていく。
地図には、ポランドを取り囲むように複数の矢印が描かれていた。
「西から、北から、南から……」
ベレは地図を見つめる。
「三方向からの侵攻。包囲戦ね」
参謀が頷く。
「はい。共和国軍は三方向から進撃し、ポランド軍の退路を制限します」
ベレはさらに地図へ目を向ける。
「そして……」
指先をシア軍の位置へ移す。
「この包囲には、シア軍も含まれる」
「その通りです」
「ポランド軍は共和国とシアの両軍を相手にすることになります」
ベレは黙って資料を読み進めた。
正直、準備が十分とは言えない。
ポランドへの宣戦布告を決めたばかり。
軍の一部は国境防衛に展開したばかり。
軍需工場も、ようやく二十四時間体制へ移行したところだ。
「……準備不足かもしれないわね」
国防大臣が答える。
「はい。しかし、時間を掛ければ状況が良くなるとも限りません。むしろ、シア軍がさらに共和国国境へ近づく可能性があります」
ベレは地図を見つめた。
「今、動かなければ……もっと悪い状況になる。そういうことね」
しばらく沈黙する。
トントントン……
ベレは机を指先で叩く。
そして、ゆっくりと資料を閉じた。
「分かったわ」
会議室にいた全員がベレを見る。
「作戦を承認します」
一呼吸置く。
「侵攻を開始してください。ただし、各部隊の安全と補給を最優先に。状況が変わった場合は、現場の判断で作戦を変更して構いません」
国防大臣が立ち上がる。
「はっ!」
各参謀も続いて敬礼する。
「はっ!」
ベレは地図を見つめながら、小さく呟いた。
「これで……本当に始まるのね」
共和国軍は、これまで守るために築いてきた力を、初めて大規模な攻勢へと振り向けることになった。




