最終目標
共和国総統執務室。
ベレは窓の外を眺めながら、小さく息を吐いた。
「ふぅ……もう、後戻りはできないわね……」
ポランドへの宣戦布告。
シアとの戦争状態。
そして、共和国軍の本格的な動員。
「法解釈も……かなり無理を通した解釈に違いないわ」
そんなベレへ、ラインが声を掛ける。
「総統。三軍の元帥閣下がお見えです」
「三軍?」
「はい」
「海軍、エーリヒ・ダーレー元帥」
「空軍、ヘル・リング元帥」
「陸軍、ヴァル・フォン・ブラウ元帥」
「それに各参謀の方々、国防大臣、情報大臣もお揃いです」
ベレは少し驚いた。
「軍の頭に当たる人たちが、全員?」
「はい」
「通して」
しばらくすると、三軍の元帥と各参謀、国防大臣、情報大臣が部屋へ入ってきた。
全員が一斉に敬礼する。
「総統閣下」
ベレも軽く頷く。
「皆さん、お疲れさまです」
全員が席に着く。
しばらく沈黙が続いたあと、ブラウ元帥が口を開いた。
「総統閣下」
「どうぞ」
「政治的な判断として、先ほどの方針については理解しております。ですが……」
ブラウは慎重に言葉を選ぶ。
「ポランドからの攻撃がない、あるいは我が国への敵対行動を取らないという前提でなければ、今回の判断には無理があるのではないでしょうか」
ベレは静かに頷いた。
「そこまで理解されているのですね」
ブラウは少し間を置く。
「はい」
ベレは地図へ目を向ける。
「では、軍としてはどう考えますか?」
ブラウは答える。
「我が国はポランドへ宣戦布告しております。つまり、ポランドは敵国です」
ベレの表情が少し変わる。
「……そうね。その前提で話を進めましょう。私の判断としては、ポランド政府そのものを相手にする必要はありません。ポランド軍は敵です。その前提で構いません」
ブラウが頷く。
「承知しました」
「問題は……」
ベレは地図へ視線を落とす。
「どこまでやるか、です」
「はい」
「ポランド領内だけで止めることは可能?」
ブラウは参謀たちと顔を見合わせる。
「現状の戦力であれば、恐らく問題ありません」
「なるほど……」
ベレは机を指先で叩く。
トントントン……
「では、最終目標について話しましょう」
軍幹部たちの視線が一斉にベレへ集まる。
「期間は未定。そして、これは軍事的な細部ではなく、政治的な最終目標として聞いてください」
ベレは壁に掛けられた大きな地図の前へ立つ。
「ここから……約一六〇〇キロか」
指をゆっくりと動かす。
「そして、ここまではさらに三〇〇キロほど……」
ブラウの表情が変わる。
「まさか……」
ベレは地図を見つめたまま答える。
「はい。最終的には、シア首都のモスク」
一瞬、会議室が静まり返る。
「もしくは……」
ベレはさらに北へ視線を移す。
「フィンとの国境まで」
参謀たちがざわつく。
ブラウが確認する。
「そこまでを……最終目標と?」
「そうです。ただし、いきなりそこまで進めと言っているわけではありません」
「作戦段階を設けてください」
ベレは地図上のポランドを指す。
「第一段階は、ポランド領内の制圧。そこまで進んだ時点で、戦況を改めて評価する。その先は、その時の情勢によって判断する」
ブラウが頷く。
「理解しました」
ベレは続ける。
「私が軍の作戦を細かく指示するつもりはありません。どの部隊をどこへ動かすか。どの兵器を使うか。どの経路を取るか。それは軍の専門家に任せます。私から示すのは、あくまで最終的な目標です」
ベレは地図から視線を外し、元帥たちを見る。
「もちろん、戦況によって作戦は変更してください。最終目標そのものも、状況によって見直す必要があるでしょう」
ブラウは立ち上がる。
「承知しました。軍として作戦立案を開始します」
他の元帥たちも続く。
「はっ!」
ベレは再び地図へ目を向ける。
共和国が始めた戦争は、単なる国境防衛では終わらない可能性を帯び始めていた。
そしてベレ自身も、まだその先に何が待っているのか分かっていなかった。
ベレは椅子へ腰を下ろし、深く息を吐いた。
「はぁ……」
「最近、ため息ばかりかもね」
ラインが少し心配そうにベレを見る。
「総統」
「何?」
「各軍需関連企業から、二十四時間体制へ移行するとの連絡が届いております」
ベレは苦笑する。
「命令を出したのは私だからね」
「……そうですね」
「工場の人たちには苦労を掛けるわね」
ラインは少し考えてから答える。
「はい。ですが、各企業とも総統の方針を理解しております」
「そう……」
ベレは机の上に積まれた報告書へ目を向ける。
「それと、各国の反応は何か来ているかしら?」
「はい」
ラインは別の書類を取り出す。
「現在のところ、フィン、ルマニア、ガリーから共和国への支持が届いております」
「フィンは、これまで共和国から受けた支援もあり、かなり明確な支持を表明しております」
「ルマニアとガリーも、シアの侵攻拡大を警戒しているようです」
ベレは小さく頷く。
「そう……」
少し間を置いて、窓の外を見る。
「まだまだ味方は少ないようね……」
ラインも頷く。
「そうですね。多くの国は、現状では様子見という姿勢が強いです。シアとの関係を完全に断つことも、共和国側につくことも避けているのでしょう」
「まあ、当然と言えば当然か」
ベレは苦笑する。
「誰だって、負けそうな側には付きたくないものね。だからこそ……」
机の上の地図へ目を落とす。
「私たちが勝てると思ってもらわないといけない」
ラインが静かに頷く。
「軍事力だけではなく、外交もですね」
「ええ」
ベレは立ち上がる。
「戦争は、戦場だけで決まるわけじゃないもの。味方を増やすことも、今の私たちには重要ね」
共和国は、軍需工場を動かしながら、同時に世界へ向けて自国の立場を示し続けていた。




