防衛線
世界中に緊張が走った。
各国の新聞は一斉に一面へ大きく報じた。
『シア軍、共和国国境を爆撃!』
『避難民にも多数の死傷者!』
『共和国、シアの攻撃を宣戦布告と見做すと警告!』
これまでポランドを中心に広がっていた戦火は、ついに共和国へ直接及んだ。
――共和国国防省。
緊急作戦会議が開かれていた。
国防大臣が地図を広げる。
「現在、シア軍はポランド方面から共和国国境へ接近しております。また昨夜の爆撃では、一〇九戦闘機隊が緊急発進し、敵爆撃機を迎撃しました」
空軍参謀が続ける。
「敵爆撃機は国境付近から離脱しました。ただし、シア軍の全体的な規模については、まだ把握しきれておりません」
ヘルムも口を開く。
「情報省でも現在、全力で情報収集を行っています。敵が次に何をしてくるか、まだ断定できません」
国防大臣は地図へ目を落とした。
「ならば、最悪を想定して準備するしかありません」
「すでに各部隊へ防衛準備を命じています」
まず、国境付近では避難民の救護活動と並行して、防衛線の構築が始まった。
共和国軍の工兵部隊が道路を整備し、陣地を構築していく。
対空砲も次々と国境方面へ移動していく。
「対空砲、配置完了!」
「次の部隊を急がせろ!」
さらに、電探施設の増設も開始された。
これまで国内に整備してきた警戒網を強化し、敵航空機の接近をいち早く察知するためだった。
空軍基地では、一〇九戦闘機が前線に近い飛行場へ移動を開始する。
「燃料補給!」
「弾薬搭載!」
「いつでも発進できるようにしておけ!」
そして、予備役にも召集令状が届けられ始めた。
その一方で、各地の軍施設には予想外の光景が広がっていた。
「軍に入れてくれ!」
「俺も志願する!」
「共和国を守るためなら戦う!」
志願兵が次々と押し寄せていた。
受付担当の兵士が驚いた表情を浮かべる。
「こんなに来るのか……」
「まだ列が続いています!」
さらに鉄道局も動き出していた。
「前線行きの軍用列車を最優先!部隊を降ろしたら、すぐに戻せ!次の部隊を積み込め!」
これまで整備されてきた鉄道網が、今度は共和国の防衛を支えるために使われていく。
各地の工場からは燃料や弾薬が運び出され、前線近くの集積所へ次々と送られていった。
共和国は、静かに戦争への備えを進めていた。
――総統府。
ベレのもとへ、国防省から最終報告が届く。
「総統」
国防大臣が口を開く。
「国防省としては、シア軍が再び共和国領内へ攻撃を仕掛けてくる可能性が高いと判断しております」
ベレは地図を見つめる。
ポランド。共和国国境。
そして、その向こう側にいるシア軍。
しばらく沈黙したあと、ベレは静かに口を開いた。
「なら、次は撃たれてから考えるのはやめましょう。撃たれる前に、備えておきましょう」
国防大臣が敬礼する。
「はっ!」
共和国の防衛線は、こうして動き始めた。
これまで積み上げてきた道路、鉄道、工業力、兵器、そして軍隊。
そのすべてが、初めて本格的な国家防衛のために動き出そうとしていた。
ベレは、指先で机を軽く叩いていた。
トントントン……
「……まだ、私が甘かったのかな」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
「話せば分かる。話し合えば、争わずに済む」
ベレは目を伏せる。前世でも、そう信じていた。けれど、結果はどうだった?
自分は死んだ。
そして今、別の世界で再び生きている。
「ここでも……同じことを繰り返すの?」
しばらく沈黙する。
「……いや」
「違う」
「そうじゃない」
ベレの脳裏に、父の言葉が蘇る。
『誰もが納得する方法なんて無い』
あの時も、その言葉の意味を完全には理解できていなかった。何回目だ?私。
けれど今なら分かる。
国を守るためには、時に誰かの反対を受けても決断しなければならない。
全員が納得する答えなど、存在しない。
「ならば……」
ベレは顔を上げる。
「私が決めるしかない」
そして、ラインへ視線を向けた。
「ラインさん」
「はっ」
「緊急会見を行います」
ラインは一瞬驚いたものの、すぐに頷いた。
「承知しました。早速、準備いたします」
ラインが部屋を出ていく。
ベレは再び窓の外を見る。
共和国の街。
そこには、いつもと変わらない日常がある。
その日常を守るために、今、自分が決断しなければならない。
ベレは静かに拳を握った。
「もう、後戻りはできないわね……」




