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平和を望んだ少女は、戦争へ進む。 〜敗戦国の再建を目指した少女の誤算〜  作者:


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領地の地図

「本当に行かれるのですか?」


朝早く。

執事が心配そうに私を見る。

私は杖を軽く持ち上げた。


「ええ。ずいぶん歩けるようになりましたから」


傷も癒え始めている。まだ長距離は無理だ。

それでも馬車を使えば領地を見て回るくらいはできる。


私は前世でもそうしてきた。

報告書だけでは分からない。

現場を見て初めて、本当の姿が見えてくる。


馬車は領館を出発した。


最初に向かったのは川だった。

領地を流れる大きな川。水は澄んでいる。

だが橋を見た瞬間、私は眉をひそめた。


「傷んでる……」


橋脚にひびが入っている。

木製の欄干も何本か外れていた。

通れないほどではない。

しかし放置すれば危険だ。


私は執事へ尋ねる。


「いつから?」


「三年ほど前からでしょうか」


「修理は?」


「予算が……」


それだけで十分だった。


次は街道。


馬車はゆっくり進む。舗装はされていない。

轍が深く刻まれている。

雨が降ればぬかるむだろう。


私は周囲を見回す。


「交通量は多いの?」


「領都へ向かう唯一の道です」


私は小さく頷く。ならば重要度は高い。

それなのに補修されていない。


さらに森へ向かう。


木々は豊かだ。資源としては申し分ない。

だが倒木がそのまま放置されている。

細い道も草で覆われ始めていた。


「伐採は?」


「人手が足りません」


また同じ答えだった。


畑も見て回る。


作物は育っている。

使われていない畑が目立つ。

雑草が伸び放題だ。


「ここは?」


私は農場管理人へ尋ねる。


「以前は耕しておりました」


「ですが……」


言葉を濁す。


「人手ですね?」


管理人は静かに頷いた。


「戦争で男手を取られました」


「戻ってきても農具が足りず……」


私は畑を見つめた。

肥沃な土地だ。耕せば収穫できる。

それなのに使われていない。


午後。


村を歩く。家々は建っている。

爆撃の跡もない。砲撃の跡もない。

屋根が少し傷んでいる。

壁の漆喰が剥がれている。

柵が傾いている。

どれも大きな被害ではない。


全部が少しずつ傷んでいた。


私は思わず呟く。


「何処も傷んでいる……」


執事が申し訳なさそうに俯く。


「申し訳ございません」


私は首を横に振る。


「謝る必要はありません」


これは誰か一人の責任ではない。


私は村を見回す。

ようやく全体が見えてきた。

幸い。爆撃も受けていない。砲撃もない。

建物そのものは残っている。


つまり戦争で壊れたのではない。

維持できなかったのだ。


私は心の中で整理する。


戦争で男手が減る。

補修が後回しになる。

予算も減る。

さらに傷む。

ますます修理費が増える。


悪循環だった。


私は馬車へ戻る前にもう一度振り返った。


橋。街道。森。畑。村。


どれも少しずつ疲れている。人と同じだ。

一度に壊れた訳ではない。

毎日の無理が積み重なった結果なのだ。


帰り道。

私は地図を膝の上へ広げた。

そして橋へ印を付ける。


街道。川。森。使われていない畑。


次々と書き込んでいく。

執事が興味深そうに覗き込む。


「何を書いておられるのですか?」


私は笑った。


「優先順位です。全部を一度には直せません。だから、一番効果が大きいところから始めます」


執事は感心したように頷いた。

私は再び地図へ目を落とす。

前世でもそうだった。国を立て直す時。

まず必要なのは、お金でも理想でもない。


現場を知ること。


報告書では見えないものがある。

数字では測れないものがある。

だから私は歩く。自分の目で見て。

自分の耳で聞く。


それが、外交官だった頃から変わらない、私の仕事の始め方だった。

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