戦火の拡大
共和国総統執務室。
ベレは書類を一枚ずつめくりながら目を通していた。
「無限軌道トラクター?」
資料を手に取り、小さく頷く。
「ああ、新型トラックの件ね」
表紙には「RSO車」と記されている。
兵器開発局の報告書には、特徴がまとめられていた。
『民間部品を積極的に採用』
『構造を簡素化』
『高い生産性』
『低コスト』
ベレは満足そうに微笑む。
「いいわね。軍用だけじゃなく、民間でも使えそう。こういう車両が増えれば、兵站ももっと強くなるわ」
書類へ承認の印を押す。
「最近は専門家の皆さんがしっかり考えてくれるから、私は確認するだけで済むことが多くなったわね」
ラインも笑顔で頷く。
「各省も軌道に乗ってまいりました」
ベレは椅子にもたれ、小さく息を吐く。
「このまま平和が続いてくれれば――」
その時だった。
執務室の扉が勢いよく開く。
「総統!緊急事態です!」
ベレはすぐに立ち上がる。
「どうしたの?」
「シア軍がニア地方の三ヶ国へ侵攻!さらにポランド国境への攻撃も開始しました!」
「なっ!」
ベレの表情が一変する。
「まだ数日しか経っていないのに……直ちに緊急会議を招集します!」
「はっ!」
数時間後。
共和国総統府・大会議室。
各省の大臣たちが集まり、緊急会議が始まった。
ヘルムが前へ出る。
「情報省より報告します」
地図が広げられる。
「シア軍はニア地方の三ヶ国へ電撃侵攻を実施。各国政府は十分な抵抗ができず、降伏した模様です」
会議室がざわつく。
「さらに、ポランド国境では砲撃と空襲が始まっています。現在も戦闘は継続中です」
ベレは真剣な表情で尋ねる。
「戦況は?」
「詳細はまだ不明です。しかし、シア軍の無線を傍受し始めています」
ヘルムは一枚の紙を掲げた。
「妙なのは、暗号化されていない平文通信が混じっていることです」
ベレは首をかしげる。
「平文?つまり、内容が筒抜けということ?」
「その通りです。罠の可能性も考えましたが、現在分析を進めています」
ベレは少し考え込んだ。
「分かりました。まずは人命を最優先にします」
全員の視線が集まる。
「ポランド政府へ連絡。共和国との国境を開放し、避難民を受け入れる用意があると伝えてください。それと国境近くの飛行場を借りられるよう打診しましょう。輸送機を派遣し、必要な支援を行います」
「承知しました」
外務大臣が書き留める。
ベレは続ける。
「各国の反応は?」
外務大臣が答えた。
「ギリス、メリカ、本国が、シアに対する非難声明を発表しております」
ベレは力強く頷く。
「共和国も非難声明を発表します。直ちに準備を」
「はっ!」
ベレは地図を見つめながら指示を続ける。
「陸軍は国境へ展開。目的は避難民の保護と警戒です。空軍も国境付近の飛行場へ展開し、警戒任務に当たらせてください」
国防大臣が敬礼する。
「承知しました」
最後にベレはラインへ視線を向けた。
「それと、記者会見を開きます」
ラインはすぐに頷いた。
「直ちに手配いたします」
会議室には再び緊張した空気が流れる。
戦火は、ついに共和国の国境近くまで迫っていた。
その日の夕方。
共和国中央庁舎・大会見場。
世界各国の新聞社や通信社の記者たちが集まり、会場は張り詰めた空気に包まれていた。
ベレは演台へ立ち、静かに会場を見渡す。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます」
一呼吸置き、力強く言葉を続ける。
「共和国政府は、本日シア国がニア地方の三ヶ国およびポランド国境に対して行った軍事行動について、厳重に抗議するとともに、正式な非難声明を発表いたします」
会場がざわつく。
「不可侵条約や外交交渉が続く中で、一方的な武力行使を行ったことは極めて遺憾であります」
「このような不意打ちによる軍事行動は、国際社会の平和と安定を著しく損なうものであり、共和国として到底容認できるものではありません」
フラッシュが一斉に光る。
ベレは落ち着いた口調のまま続けた。
「共和国は、武力による現状変更ではなく、対話と外交による問題解決を支持いたします」
「また、戦火から逃れる民間人の保護を最優先とし、必要な人道支援を行う用意があります」
記者席から手が挙がる。
「総統閣下!共和国軍は参戦するのですか!」
ベレは静かに首を横へ振った。
「現時点で共和国軍が戦闘へ参加する予定はありません」
「しかし、避難民の保護、人道支援、そして自国の安全を守るための警戒は最大限行います」
別の記者が質問する。
「シア国とは断交も視野に入れているのでしょうか?」
ベレは少し考えた後、答えた。
「外交の扉は最後まで閉ざすべきではないと考えています。ですが、それと武力侵攻を容認することは全く別の問題です」
「共和国は、国際法と各国の主権が尊重される世界を望みます」
静まり返った会場に、ベレの言葉が力強く響いた。
共和国は、武力ではなく外交と人道支援を重視する姿勢を、世界へ向けて明確に示したのだった。




