届いた親書
数日後。
共和国外務省を通じ、一通の親書が総統府へ届けられた。
ベレは封を切り、静かに読み進める。
「ポランド国への……共同侵攻?」
思わず眉をひそめる。
「共同戦線の提案、ということね」
ラインも書類へ目を落とす。
「どのようになさいますか?」
ベレは腕を組んだ。
「ヘルムさんは、どう思う?」
ヘルムは即座に答える。
「怪しいな」
部屋の空気が引き締まる。
「情報省の分析では、シア国内では長引くフィン戦争によって、指導部に対する不満が少しずつ高まっている。恐らく、新たな戦線を作って国民の目を逸らしたいんだろ」
ベレは小さくため息をつく。
「一つ上手くいかなければ、次へ手を出す……そんな発想で戦争を広げるなんて、おかしいでしょう」
ヘルムはさらに一枚の資料を机へ置いた。
「それと総統。情報省がシア軍の暗号通信を一部傍受してる」
ベレは資料を受け取る。
「内容は?」
「断定はできませんが、共和国侵攻を想定した作戦計画が存在する可能性があります」
ベレは思わず顔を上げた。
「……え?」
ラインも驚きを隠せない。
「共同戦線を提案しておきながら……ですか?」
ヘルムは静かに頷く。
「恐らく、うちの返答なんて最初から気にしてねー。ポランドへ侵攻し、その勢いで共和国にも攻め込むつもりか」
「共同戦線の話は、そのための時間稼ぎか、あるいは油断させるための材料でしょうな」
ベレはしばらく黙り込んだ。
そして静かに口を開く。
「外交と軍事を同時に使う気ね」
「恐らく」
ヘルムは短く答えた。
ベレは机の上の地図を広げる。
「なら、こちらも備えましょう」
「国境方面へ軍部隊を展開。ルマニアにも、この情報を共有して警戒を呼び掛けて」
ラインが書き留める。
「承知しました」
「それと……」
ベレはポランドの位置を見つめた。
「ポランドには、どうしましょうか」
部屋が静まり返る。
ヘルムが口を開く。
「警告くらいはしておいた方がいいでしょう」
ベレは頷く。
「そうね。外務省を通じて、シアが軍事行動を計画している可能性があることを伝えましょう。判断はポランド政府に委ねる。それと、ポランド国内に滞在している共和国国民には退避勧告を出して」
ラインはすぐに返事をした。
「直ちに手配いたします」
ベレは窓の外へ目を向け、小さく息を吐いた。
「戦争は、始まる前に止めるのが一番難しいのね……」
共和国はシアの真意を見抜きつつあった。
静かに始まった外交戦は、やがて世界を巻き込む新たな局面へと進もうとしていた。
――更に数日後。
共和国外務省・応接室。
共和国外務次官は、ポランド国の外交官と向かい合っていた。
一通の資料を机へ差し出す。
「本日は、お時間をいただきありがとうございます」
「いえ。何か急ぎのご用件とか」
共和国外務次官は静かに切り出した。
「情報省が入手した情報によりますと、シア国が貴国に対する軍事行動を検討している可能性があります」
ポランド外交官の表情が変わる。
「シアが……我が国へ?」
「はい。現時点では確定した情報ではありません。しかし、その可能性は十分あると判断しております」
外交官は腕を組み、しばらく考え込んだ。
「まさか……確かに数年前、我が国とシア国は戦火を交えました。しかし、その後は不可侵条約を締結しております」
共和国外務次官は静かに頷く。
「承知しております。だからこそ、あくまでも可能性としてお伝えしております。最終的な判断は貴国にお任せいたします」
ポランド外交官は少し笑みを浮かべた。
「ご忠告には感謝いたします。ですが、ご安心ください。我が国の陸軍は、先の戦争当時より大幅に戦力を増強しております。シア軍が容易に侵攻できる相手ではありません」
共和国外務次官は表情を変えずに答える。
「それなら何よりです。この情報をどのようにお扱いになるかは、貴国政府のご判断です」
外交官は資料を閉じる。
「では、この件は私から本国へ報告しておきましょう」
共和国外務次官は静かに一礼した。
「お願いいたします」
会談は穏やかな雰囲気のまま終了した。
しかし、共和国外務次官は応接室を後にするポランド外交官の背中を見つめながら、小さく呟く。
「……備えていただければ良いのですが」
共和国は警告を発した。
その警告をどう受け止めるかは、ポランド自身に委ねられていた。




