兵站という力
共和国総統府 大会議室。
国防省、兵站総監部、士官学校、教育省の幹部たちが集められていた。
今回の議題は、新たな軍事教育についてである。
ベレは会場を見渡した。
「フィンとペインでの実戦を通じて、一つ確信したことがあります。それは、補給の重要性です」
兵站総監が静かに頷く。
「前線では弾薬や燃料が一日遅れるだけでも、作戦全体に影響が出ました。食料の補給も同様です。兵士は食べなければ戦えません」
ベレは続ける。
「だからこそ、兵站を専門に学ぶ教育機関を設けたいと思います」
会場がざわつく。
士官学校長が口を開いた。
「兵站だけを専門に教える学校……ですか?」
「ええ。正確には士官学校の中に兵站課程を新設したいの。補給計画、輸送、保管、鉄道輸送、港湾運用まで含めて体系的に学べるようにしましょう」
兵站総監も賛同する。
「実戦経験を踏まえれば、非常に有効だと思われます」
その時だった。
部屋の後方からヘルムが立ち上がる。
「俺からも一言いいか?」
ベレは笑顔で頷いた。
「もちろん」
ヘルムは腕を組みながら会場を見回した。
「戦争ってのはな。前線だけで勝てるほど甘くねぇ」
静まり返る会議室。
「どれだけ優秀な兵隊がいても。どれだけ強い戦車があっても」
「飯が来ねぇ」
「燃料が来ねぇ」
「弾が来ねぇ」
「それで終わりだ」
誰も反論しない。
実戦を経験した者ほど、その言葉の重みを知っていた。
ヘルムは続ける。
「戦争は前線だけじゃ勝てねぇ。飯と燃料が届いて、初めて勝てるんだ」
会場の空気が引き締まる。
ベレは静かに頷いた。
「その通りね。だから兵站は、前線と同じくらい大切な仕事だと思うの。これまでは裏方として扱われることも多かったけれど、これからは共和国軍を支える重要な分野として育てていきましょう」
国防大臣が資料を開く。
「兵站課程では、輸送計画、倉庫管理、鉄道・港湾運用、自動車整備、燃料管理なども教育へ組み込みます」
国防大臣も続けた。
「実戦経験者を教官として配置し、現場で得た知識も伝えていきましょう」
ベレは満足そうに微笑んだ。
「お願い。前線で戦う兵士も大切。でも、その兵士を支える人たちも同じくらい大切よ」
こうして共和国は、兵站を専門とする教育を軍学校へ正式に取り入れることを決定した。
戦場で得た教訓は、新たな制度となり、共和国軍をより強く支える礎となっていくのだった。
――その日の午後。
共和国陸軍試験場。
兵器開発局から完成したばかりの試作車両の披露が行われていた。
ベレは車両の前で足を止める。
「随分と早かったわね」
兵器開発局長が笑みを浮かべる。
「砲塔を廃止したことで構造が単純になりました。三号戦車の車体を流用しておりますので」
「なるほど」
ベレはゆっくりと車両を見回した。
「これが突撃砲……」
隣には三号戦車も並べられている。
見比べると違いは一目瞭然だった。
「確かに……三号戦車より車高が低いのね」
兵器開発局長が頷く。
「はい。敵から発見されにくく、被弾面積も小さくなります。七十五ミリ砲も搭載しておりますので、火力も十分です」
ベレは地図を思い浮かべた。
「待ち伏せに向いていそうね」
「その通りです」
「防御戦では特に威力を発揮するかと」
ベレの頭に浮かんだのは、雪に覆われたフィンの森林地帯だった。
「フィンみたいな地形なら……こういう兵器の方が活躍する場面もありそうね」
その瞬間、別の考えが頭をよぎる。
「でも……さすがに、この最新型をそのまま渡すわけにはいかないわね」
ベレは小さく息を吐いた。
「兵器、か……」
思わず苦笑する。
「前は、あれだけ兵器を毛嫌いしていたのに。いつの間にか、私も武器商人みたいになってるわね」
その言葉にラインは静かに答えた。
「総統。共和国は戦争を望んで兵器を造っているわけではありません。国を守るためです」
ベレは静かに頷いた。
「そうね。力がなければ、奪われる。私は、それを何度も見てきた。だからこそ、この国だけは守らなくちゃ」
しばらく考えたあと、ベレは兵器開発局長へ向き直った。
「輸出仕様も考えましょう」
局長が頷く。
「どのような仕様をご希望でしょうか」
「七十五ミリ砲搭載型は共和国軍を優先。輸出向けは五十ミリ砲搭載型を基本にして必要な性能は維持しつつ、共和国軍との性能差は残しましょう」
「承知しました」
ベレはラインへ視線を向ける。
「国防省へ回しておいて輸出仕様について検討を始めてもらいましょう」
「はい」
ラインは書類を受け取る。
完成したばかりの突撃砲を見つめながら、ベレは静かに思った。
兵器は戦うためだけの道具ではない。
時には国を守り、平和を維持するための「抑止力」にもなり得る。
その重みを、ベレは誰よりも理解し始めていた。




