実戦教範の編纂
共和国国防省 大会議室。
大会議室には国防省の幹部、士官学校の教官、兵器開発局、兵站総監部の担当者が集まっていた。
最前列には、フィン国とペイン国から帰国した派遣武官たちが並んでいる。
ベレは会場を見渡した。
「皆さん、お疲れ様でした。今日は前線で得られた経験を、共和国全体の財産にしたいと思います」
一人の武官が立ち上がる。
「まずはフィン戦線から報告いたします」
部屋の照明が落とされ、地図が映し出される。
「寒冷地では、不凍液は必需品です。潤滑油も通常品では硬化し、機関銃や車両に不具合が発生しました」
別の武官も続ける。
「防寒服や軍靴も改良が必要です。足先から体温を奪われ、戦闘力の低下につながりました」
兵站総監部の担当者が熱心に書き留める。
次に、ペイン戦線の報告が始まる。
「高温地域では逆の問題が発生しました。エンジンの冷却不足。砂埃によるエアクリーナーの目詰まり砂塵対策が不足しております」
兵器開発局の技術者が頷く。
「三号戦車以降の設計へ反映いたします」
さらに航空隊の武官が前へ出る。
「今回の戦いで最も印象的だったのは、航空機と地上部隊の連携です。戦闘機が制空権を確保し、急降下爆撃機が敵補給拠点や橋梁を攻撃」
「その後を戦車と歩兵が前進する。さらに砲兵が敵陣地を制圧することで、被害を最小限に抑えられました」
会場では多くの士官が真剣な表情で耳を傾けている。
続いて兵站総監が立ち上がった。
「補給についても報告いたします。長期保存できる糧食。高カロリー食の導入。燃料、弾薬の補給体制。補給用トラックの改良」
「どれ一つ欠けても前線は戦えません」
ベレは静かに頷いた。
「やっぱり補給は大切ね」
会場を見渡しながら、ゆっくりと口を開く。
「戦場で学んだことは、戦った人だけの経験にしてはいけないわ」
静まり返る会議室。
「その経験を共和国全体で共有してこそ、次に生かせると思うの。今回の報告をまとめて、新しい実戦教範を編纂しましょう」
士官学校長が立ち上がる。
「全士官学校へ配布いたします」
国防大臣も続けた。
「全部隊へ教育資料として展開いたします」
ベレは笑顔で頷く。
「お願い」
そして、もう一枚の資料を手に取った。
「それと、装備の充実も進めましょう。寒冷地用装備。高温地域用装備。補給車両の改良。通信機器の充実。兵士一人ひとりの装備まで見直したいと思います」
兵器開発局長が答える。
「今回の実戦報告を基に、順次改良を進めます」
ベレは満足そうに微笑んだ。
「兵器も、人も、補給もどれか一つだけでは勝てない。全部が揃って初めて、本当に強い軍隊になるのね」
会議室の全員が静かに頷いた。
こうして共和国は、二つの戦場で得た貴重な経験を一冊の教範へとまとめ上げ、未来の兵士たちへ受け継いでいくのだった。
会議が終わろうとした、その時だった。
ラインが一通の書類を手に立ち上がる。
「総統。もう一件、ご報告があります」
ベレは顔を上げた。
「何かしら?」
「フィン政府より、正式な感謝状と親書が届いております」
「感謝状?」
「はい。今回の軍事支援、物資援助、そして継続的な協力に対する謝意とのことです」
秘書官が丁寧に封書を机へ置く。
ベレはゆっくりと目を通した。
そこには共和国への感謝と、今後も両国の友好関係を深めたいという言葉が綴られていた。
ラインは続ける。
「さらにフィン政府は、木材、銅、ニッケルなど主要資源につきまして、共和国への優先輸出を決定したとのことです」
ベレは少し驚いた表情を見せる。
「優先輸出?」
「はい」
「共和国の支援に対する謝意として、当面の間、共和国向けの輸出枠を優先的に確保する方針だそうです」
ベレは静かに頷いた。
「なるほど……それは、とてもありがたいわね」
共和国にとって木材は建築や製紙に欠かせず、銅やニッケルも兵器や機械を生産するうえで重要な資源だった。
安定して輸入できることは、共和国の工業力をさらに押し上げることになる。
ラインは微笑みながら報告を続ける。
「それだけではありません。現地の情報によりますと、フィン国内では共和国に対する印象も大きく変わっております」
「どう変わったの?」
「『苦しい時に手を差し伸べてくれた国』という認識が広まり、政府だけでなく国民の間でも『共和国は信頼できる強い味方』との評価が定着し始めております」
ベレは穏やかに微笑んだ。
「そう……」
武器を売っただけではない。
必要な時に支えたという事実が、両国の信頼へと変わり始めていた。
ラインは最後に付け加えた。
「外交的にも『共和国は約束を守る国』『頼れる国』という評価が各国へ少しずつ広まっております」
ベレは窓の外へ目を向け、小さく頷いた。
「フィンとは、これからも上手くやっていけそうね」
「はい」
「互いに支え合える、良い友好国になれるものと思われます」
共和国が得たものは、資源だけではない。
それ以上に価値のある、「信頼」という財産を、世界から少しずつ積み重ね始めていた。




