北方戦線
朝。執務室でコーヒーを片手に報告書へ目を通す。
「国防省からの報告ね」
私は資料を開いた。
「陸軍、予備役を含めて三百五十万人」
思わず苦笑する。
「ざっと陸軍国家ね」
ページをめくる。
「空軍四十万人。海軍五万人」
共和国らしい編成だった。
陸軍を中心に国を守る。
その方針は今も変わらない。
私は窓の外を眺める。
「条約なんて、もう形骸化しているわね」
かつて共和国は軍備を厳しく制限されていた。
しかし今は違う。
「賠償金も払っているし、問題ないでしょ」
各国も共和国の再軍備を黙認している。
世界情勢がそれだけ不安定になっている証拠でもあった。
さらに報告書を読み進める。
「軍へ人員を回したおかげで、失業率も大幅に改善……」
私は満足そうに頷く。
工場。軍。鉄道。公共事業。
人手はいくらあっても足りない。
「良い流れね」
雇用が増えれば所得も増える。
所得が増えれば消費も増える。
経済も回る。
「これを維持しつつ、さらに経済を良くできれば……きっと良い国になるはず」
その時だった。
バンッ!
執務室の扉が勢いよく開く。
「総統!緊急報告です!」
ラインの表情は険しかった。
「シア国がフィン国への攻撃を開始しました!」
私は思わず舌打ちする。
「チッ……全く、シアは……」
予想していたとはいえ、実際に始まると話は別だ。
私は地図を広げる。
「国力差から考えれば、フィン国が苦戦するわね」
共和国からは武器弾薬を供与した。
航空機。戦車。軍事顧問も派遣した。
それでも――。
「量が違いすぎる」
シア国は人口でも兵力でも圧倒している。
私はラインへ視線を向ける。
「戦況は?」
「申し訳ありません。開戦直後のため、詳細はまだ不明であります」
「そう……」
私は腕を組む。
義勇軍として派遣するか。
それとも別の手を打つか。
頭の中で選択肢を整理する。
フィン国が敗北すれば、共和国だけの問題では済まない。
「資源が止まるのは不味いわね」
木材。希少金属。そして北方との交易路。
失うものは大きい。
私はすぐに決断した。
「ラインさん」
「はっ」
「スーデン国へ連絡。共和国の物資を鉄道でフィン国へ輸送できるか、至急確認して鉄道輸送の許可と、通過条件も合わせて確認して下さい」
「了解しました!」
ラインは敬礼し、駆け足で執務室を後にした。
私は地図の上でスーデン国を指先でなぞる。
共和国は以前から、スーデン国より良質な鉄鉱石を輸入している。
交易関係は良好だ。
そして何より――。
「フィン国が負ければ……次はスーデン国がシア国と国境を接することになる」
それはスーデン国にとっても避けたい未来のはずだ。
私は静かに息を吐く。
「だから……拒否はしないはず」
共和国はまだ参戦しない。
だが、フィン国を見捨てるつもりもなかった。
外交と兵站。
その二つが、これからの北方戦線の行方を左右しようとしていた。
九二八年 一月 フィン国、シア国。開戦。




