新たな火種
執務室。
ラインが慌ただしく入室してきた。
「総統。外務省と情報省から報告が届いております」
私は書類から顔を上げる。
「報告?」
「はい」
ラインは一枚の報告書を差し出した。
「ペイン国で政変が発生した模様です」
「政変?」
「はい。新政府が樹立されたことに対し、アーフリカ大陸北部へ派遣されていた派遣軍が蜂起いたしました」
私は報告書へ目を落とす。
「派遣軍は本国へ再上陸を果たし、現在は首都へ向けて進撃を開始しております。さらに蜂起軍は各国へ支援を要請しております」
思った以上に大きな話だ。
「各国の対応は?」
ラインは次の資料を開く。
「ギリス国、ランス国ともに現在のところ表立った動きはありません。ですが情報省の分析では、政変を起こした政府側は、シア国とランス国から水面下で支援を受けている可能性が高いとのことです」
私は深いため息をついた。
「はぁ〜……また、その二国から……次から次へと問題を起こしてくれるわね」
ラインは静かに頷く。
私は報告書をめくる。
「ペイン国の詳しい情報は……」
まだ整理中らしく、記載は少ない。
「まだ無いか」
私は顔を上げる。
「蜂起軍の指揮官は、どんな人物なの?」
ラインは少し困ったような表情を浮かべた。
「正式な資料はまだありません」
「ですが、ヘルム長官の個人的な見解は口頭で聞いております」
「口頭で?」
「はい」
ラインは苦笑しながら答える。
「三十三歳という若さで陸軍准将となった、史上最年少クラスの将官だ、と」
私は思わず眉を上げた。
「三十三歳で准将……」
それだけでも異例だ。
実力がなければ、その年齢でそこまで昇進することはない。
「かなり有能な人物みたいね」
執務室に静寂が流れる。
私は立ち上がり、壁に掛けられた世界地図の前へ歩いた。
「さて……どうするか」
共和国から見れば遠い国。
しかし、大国同士が関わり始めている以上、決して無関係ではいられない。
しばらく地図を見つめた私は、ラインへ振り返る。
「うーむ……各省の見解を聞きたいわ。今回の情報を各省へ回して。外交、国防、情報、それぞれの立場から意見をまとめてもらいましょう」
ラインはすぐに手帳へ書き込む。
「はい。承知しました」
共和国はまだ動かない。
だが、世界で起きる一つ一つの火種を見極めることもまた、国を導く者の重要な務めだった。
私は机の上の予定表へ視線を落とした。
「そういえば……ルマニア国の件も進めないとね」
ベルを鳴らすと、ラインがすぐに入室した。
「お呼びでしょうか」
「度々、ごめんなさいね。ルマニア国への返答だけど。装備更新のため、武器と弾薬の販売には前向きだと外務省経由で伝えてちょうだい」
ラインは手帳を開く。
「承知しました」
私は続ける。
「代金については現金でも構わないけど、石油での支払いも可能と伝えて」
「石油……ですか」
「ええ」
共和国にとって、石油はいくらあっても困らない。将来を考えれば、備蓄は多いほどいい。
「それと――」
私は少し考えてから口を開いた。
「重工業を強くするための技術援助についても、こちらに協力する意思があることを、それとなく伝えて。正式な提案ではなく、あくまでも仄めかす程度でいいわ」
ラインは頷く。
「探りを入れるということですね」
「そういうこと」
いきなり踏み込み過ぎれば、相手に警戒される。まずは反応を見ることが大切だ。
「承知しました」
ラインが書き留めるのを見ながら、私は窓の外へ目を向けた。
「味方は多い方がいいでしょう」
それは軍事だけではない。外交も、経済も同じだ。一国だけでは限界がある。
「それに……」
地図のルマニア国を指先でなぞる。
「隣の国が強くなれば、シア国に対する牽制にもなりそうだし」
共和国が前面に立たなくても、周辺国がそれぞれ力を持てば、一国だけが好き勝手に動くことは難しくなる。
私は小さく頷いた。
「支えるだけじゃない。お互いに利益を得られる関係を築くことが、一番長続きするものね」
ラインは微笑みながら一礼した。
「早速、外務省へ伝達いたします」
共和国は兵器を売るだけではない。
資源、技術、そして外交を結び付けることで、新たな国際関係を築こうとしていた。




