兵站という壁
執務室で北方の地図を広げながら、私は考え込んでいた。
「うーむ……」
フィン国までは海路で輸送するのが最も早い。
武器も弾薬も、その予定で準備を進めている。
「でも、もしシア国と戦争になったら……」
私は海図へ視線を落とした。
「直接の海路は危なくなりそうね」
敵艦隊。潜水艦。機雷。海上封鎖。
海を使う以上、その危険は避けられない。
「となると、お隣の中立国スーデン経由か更にお隣の中立国ノルになりそうだけど……スーデンからも今は良質な鉄鉱石を輸入している……」
地図の上を指でなぞる。
「中立国が通してくれるのかしら」
軍需物資を運ぶ以上、簡単な話ではない。
「そこは外交努力って感じになるのかしら」
スーデンまで船で運び、そこから鉄道でフィン国へ。
今のところ、それが最も現実的な輸送ルートに思えた。
「……ん?」
ふと、前世の記憶が頭をよぎる。
「待てよ。確か鉄道って線路幅が違う話があったわよね」
標準軌。広軌。国によって線路の幅が違う。
「そうなると……国境で積み替え?」
せっかく運んだ貨物を、一度降ろして別の列車へ積み直す。時間も人手もかかる。
「それ、どうにかならないかしら」
私は腕を組んだ。
「確か……」
記憶をたどる。
「車体を改良して、どちらの線路でも走れる車両があったような……」
完全には思い出せない。
それでも何か方法があったはずだ。
私は席を立つ。
「ラインさん」
「はい」
「鉄道局と鉄道車両メーカーの関係者を集めて。鉄道の件について会議を開きたいわ」
ラインはすぐに手帳へ書き込む。
「承知いたしました」
私はさらに続ける。
「それと国防大臣。それに海軍トップのエーリヒ・ダーレーさんにも出席をお願い」
兵器を作るだけでは意味がない。
安全に、そして確実に届けられなければ兵器はただの荷物だ。
「はい。すぐに日程を調整いたします」
ラインは一礼し、執務室を後にした。
私は再び北方の地図へ目を向ける。
「戦争は戦場だけじゃない。兵站を制した者が、最後に勝つのよ」
会議室。
急な招集にもかかわらず、国防大臣と海軍総司令官エーリヒ・ダーレーはすでに席についていた。
「急に呼び出して申し訳ないわね」
二人は軽く頭を下げる。
「いえいえ。何かございましたか?」
私は北方の海図を机へ広げた。
「フィン国の件よ」
海路を指でなぞる。
「もしフィン国とシア国が戦争になった場合、この航路は安全かしら?」
ダーレーは地図を見つめ、静かに答えた。
「……いえ。この海域は陸地に近く、敵航空機の行動半径に入ると思われます。輸送船だけでは危険です」
「やっぱりそうよね」
私は腕を組む。
「となると、輸送船には護衛艦が必要ね」
ダーレーはゆっくり頷いた。
「そのとおりであります」
私は少しだけ苦笑した。
「うちの海軍は……」
言いかけて言葉を止める。
「……愚問ね」
共和国海軍の現状は把握している。
新造艦はまだ潜水艦のみ。それも陸軍同様に、途切れた技術の復活を目指した物。主力の多くは旧式艦だ。
ダーレーも表情を曇らせる。
「はい……旧型艦が多く、敵航空機がどの程度の戦力を保有しているかも不明であります。現状では、護衛任務にも不安が残ります」
しばらく考えた私は、結論を口にした。
「それなら方針を変えましょう」
二人の視線が集まる。
「当面は新造よりも、既存艦の改装を優先するわ。対空能力。それと対潜水艦能力。この二つを重点的に強化して」
航空機と潜水艦。
輸送船にとって最大の脅威は、この二つだ。
それさえ抑えられれば、護衛能力は大きく向上する。
ダーレーは力強く敬礼した。
「はっ!」
「直ちに改装計画を見直します」
私は海図へ目を落とす。
兵器を作るだけでは戦争には勝てない。
それを安全に届ける海軍もまた、共和国には欠かせない戦力だった。




