資源外交
総統執務室。
私は北方地域の地図を眺めながら考え込んでいた。
「フィン国か……」
この世界では北欧とは呼ばず、北方地域と呼ばれている。
そこにはフィン国を含め三つの国が存在し、そのうちフィン国だけがシア国と国境を接していた。
さらに西には中立を維持する国がある。
「ほぼ前世の記憶と同じ……か」
地図へ視線を落とす。
フィン国の主な資源。情報省から回ってきた資料を見る。
木材。銅。ニッケル。
「銅とニッケル……」
私は資料を閉じた。
「素人の私でも重要な資源だって分かるわ」
共和国でも銅やニッケルは工業に欠かせない。
その多くを輸入に頼っている。
一方でフィン国には石炭や石油がほとんど存在しない。
「お互いに足りないものを補える関係ね」
私はラインへ視線を向けた。
「ラインさん」
「はい」
「フィン国の外交官さん、呼べる?」
「はっ!」
「すぐに段取りをいたします」
数時間後の応接室。
フィン国の外交官が一礼する。
「お呼び立ていただきありがとうございます。総統閣下からのお呼び出しとあれば、いつでも馳せ参じます。ですが、本日はどのようなご用件でしょうか」
私は笑顔で迎えた。
「まずは我が国の武器弾薬をご購入いただき、ありがとうございます。さらに、一号戦車の購入をご希望と伺っております」
外交官は頷いた。
「はい。ぜひお願いしたいと考えております」
「可能な限りお売りいたします。ですが、我が軍もまだ十分な配備数とは言えません。ご希望どおりの台数をご用意できない可能性があります」
外交官は穏やかに微笑む。
「その点は承知しております。共和国軍の事情も理解しておりますので、無理のない範囲でお願いいたします」
私は一枚の書類を差し出した。
「それと、お支払いについて一つ提案があります」
「提案……ですか?」
「代金の一部、あるいは全部を、銅やニッケルなどの資源でお支払いいただいても構いません」
外交官の目が大きく開かれる。
「……よろしいのでしょうか?」
「ええ」
私は頷いた。
「共和国にとっても重要な資源です。現金だけにこだわる必要はありません」
さらに続ける。
「それと、石炭の輸出量も増やしたいと考えています。もしご希望であれば、優先的に供給いたします」
「……本当でしょうか?」
外交官は驚きを隠せない様子だった。
フィン国にとって、石炭は喉から手が出るほど欲しい資源である。
「はい。現金でも結構ですし、現金と同等の価値がある資源との交換でも構いません。共和国は柔軟に対応いたします」
外交官は深々と頭を下げた。
「誠にありがとうございます」
私は静かに頷いた。
共和国に必要なのは資源。
フィン国に必要なのは兵器と石炭。
互いに不足を補い合うこの取引は、両国にとって利益となるはずだ。
フィン国の外交官が退出した後、私は椅子へ深く腰掛けた。
「言い方は悪いけど……」
思わず小さく呟く。
「フィンが負ければ、銅もニッケルも入らなくなる」
共和国にとって重要なのは資源の安定確保。
その供給国が敗れれば、こちらも大きな打撃を受ける。
「それを守るために武器を輸出する……」
私は小さくため息をつく。
「ふぅ~」
理屈では理解できる。
だが、武器を送るということは、戦争を長引かせる可能性もある。
簡単な話ではない。
私は机に広げた兵器一覧へ目を落とした。
「それなら、中途半端に小出しするより……」
指先で資料をなぞる。
「一号戦車」
「三十八t戦車」
「一〇九戦闘機」
「八七急降下爆撃機」
どれも共和国が量産を始めた兵器だ。
「これらも売った方がいいのかしら?」
もしフィン国が本格的な戦争へ突入するなら、小銃や砲だけでは足りない。
戦車。航空機。
それらも必要になるはずだ。
「でも、まだ向こうから申し入れは来てないのよね」
私は腕を組み、少し考える。
「……いや。こちらから話を振ってみるのもありか」
必要になってからでは遅い。
準備できるものは、今のうちに準備しておくべきだ。
私は席を立ち、執務室の扉へ向かった。
「まずは軍とも相談ね」
共和国の選択が、北方の勢力図を左右する日も、そう遠くはないのかもしれなかった。




