束の間の平穏
総統執務室。
私は窓の外を眺めながら、小さく息をついた。
「ようやく落ち着き始めたかな」
ここ数か月は本当に慌ただしかった。
クーデター。チュコの共和国編入。
外交問題。議会改革。
次から次へと問題が押し寄せ、休む暇などほとんどなかった。
「でも、ようやく先が見えてきたわね」
机の上には各省から届いた報告書が並んでいる。
まずは国内。
「チュコ地区のインフラ整備は順調か」
道路や橋の補修。通信設備の復旧。
行政機関の再編。
各地で工事が始まり、人の流れも戻りつつある。
「失業率も下がり始めてるのね」
仕事が増えれば収入が生まれる。
収入が生まれれば町に活気が戻る。
「これなら大丈夫そうね」
私は次の報告書を手に取る。
国外情勢。
チュコ編入に対する各国の反応は警戒こそあるものの、今のところ大きな問題には発展していない。
武器輸出も予定どおり進み、外交関係も比較的安定している。
「国外も落ち着いてきたわね」
ラインも頷いた。
「はい。現在のところ、各国とも静観する姿勢を取っております。大きな抗議や軍事的な動きも確認されておりません」
「それなら一安心ね」
もちろん油断はできない。
国際情勢は、たった一つの出来事で大きく変わる。
それでも今は、共和国にとって久しぶりの穏やかな時間だった。
「このまま落ち着いてくれればいいんだけど」
私は緩くなった紅茶を一口飲む。
その静かな時間を噛みしめるように、窓の外へ視線を向けた。
共和国はようやく前へ進み始めていた。
「総統ー!」
執務室の扉が勢いよく開き、ヘルムが大きな声を上げながら入ってきた。
「ヘルムさん?」
「チュコ地区の調査結果がまとまってきたぞ!」
手に抱えた書類を机へ広げる。
「石炭は豊富。木材も十分。ガラスの原料になる珪砂も各地で採れる」
「へぇ」
私は報告書へ目を通す。
「しかも人的資源も中々優秀だ!特に重工業の熟練工が多いみたいだぞ」
「おー、それは中々良いわね」
思わず笑みがこぼれる。
「だからあんな凄い戦車が作れたのか」
チュコの工業力は想像以上だった。
設備だけではない。
それを扱える技術者がいる。
「うちも見習わないとね」
ヘルムは頷く。
「細かい情報は、そのうち各省から正式な報告が上がってくるはずだ」
「了解」
私は書類を机へ置く。
するとヘルムの表情が少しだけ引き締まった。
「それと、もう一つ。フィン国とシア国が、少しきな臭くなりそうだ」
「きな臭い?」
「国境付近でいざこざが起きてるみたいだ」
私は少し考え込む。
「……あー、それでか」
ヘルムがニヤリと笑う。
「そうだ。分かるな?」
「武器弾薬購入の件ね」
「正解!」
ヘルムは腕を組みながら笑った。
「まあ、国同士の事情が複雑に絡んでるからな。今のところは情報を追うしかねぇって感じさ」
私は静かに頷く。
「分かったわ。ありがとう」
フィン国の大量発注。
そして国境で起きている小競り合い。
偶然とは思えない。
私は新たに届いた報告書へ視線を落とした。
どうやら共和国に訪れた束の間の平穏も、そう長くは続きそうになかった。




