領民会議
講和条約の発表から数日。
領館の応接室には、普段とは違う顔ぶれが集まっていた。
執事。各村の村長。農場管理人。
商人組合の代表。鍛冶屋の親方。
そして数名の帰還兵の代表。
領地を支える者達である。
今日は母の呼び掛けによる領民会議だった。
「ベレも来なさい」
朝、母からそう声を掛けられた。
「私は同席してもいいのですか?」
「ええ。でも今日は話を聞くだけ」
私は素直に頷いた。
「分かりました」
今日は発言しない。まずは現場の声を聞く。
それだけで十分だ。
会議室へ入ると、皆が立ち上がる。
「奥様」
「お嬢様」
私は軽く頭を下げる。まだ杖は手放せない。
ゆっくり席へ腰掛ける。
母が静かに口を開いた。
「本日は、これからの領地について皆さんの意見を聞かせてください」
部屋は静まり返る。
最初に口を開いたのは農場管理人だった。
「冬を越す食料は何とか確保できそうです。ですが、このままでは来年が心配です」
「種と肥料は確保できましたが、人手が足りません」
私は黙って聞く。
次は村長だった。
「帰ってきた兵士達が増えております」
「皆、働く気はあります。ですが仕事がありません」
「このままでは生活できない者も出てきます」
隣の帰還兵代表も頷いた。
「畑仕事でも構いません。家族を養えれば、それで十分です」
その言葉に部屋が静かになる。
続いて商人代表。
「物は少しずつ入ってきています。ですが値段が安定しません。仕入れも不安定です」
鍛冶屋の親方も口を開く。
「農具を作れと言われても鉄が足りません。修理ならできますが、新品は厳しいでしょう」
私は心の中で整理していく。
食料。仕事。物流。資材。
全て繋がっている。
その時だった。村長が少し声を潜める。
「実は……」
母が頷く。
「構いません。話してください」
「盗難が増えております」
部屋の空気が変わった。
「家畜が盗まれました。納屋から穀物も夜中に忍び込まれる家もあります」
商人代表も顔を曇らせる。
「店を閉めた後に窓を壊されました」
誰も責めるような口調ではない。
ただ現実を話している。私は静かに考える。
食料不足。失業。そして盗難。
これも前世で何度も見てきた流れだった。
母は一人ひとりの話に耳を傾ける。
否定しない。遮らない。
最後まで聞いてから答える。
その姿を見て、私は少し驚いた。
外交ではない。
だが、人の話を聞く姿勢はよく似ている。
領主とは、こういう仕事でもあるのだ。
やがて会議も終わりに近付く。
皆が席を立とうとした、その時。
私はゆっくり手を挙げた。
全員の視線が集まる。少し緊張した。
だが、聞いておきたいことがあった。
「一つだけ、よろしいでしょうか」
母が優しく頷く。
「もちろんよ」
私は部屋を見回した。そして静かに尋ねる。
「今、この領地で仕事がなく困っている方は、どれくらいいらっしゃるのでしょうか」
一瞬、部屋が静まり返る。
村長と執事が顔を見合わせる。
農場管理人が腕を組む。
帰還兵代表は少し考え込んだ。
やがて村長が口を開く。
「正確な人数は分かりませんが……帰還兵だけでも百人近くおります。家族を含めれば、その何倍にもなるでしょう」
私は小さく頷いた。
十分だった。
聞きたかったのは数字ではない。
規模だ。
思っていたより多い。私は心の中で静かに呟く。
仕事がないのなら——仕事を作るしかない。
その考えは、まだ誰にも話さなかった。
だが私の中では、新しい一歩が静かに踏み出されようとしていた。




