総統の重圧
総統執務室。
先ほどまで大臣たちで埋め尽くされていた部屋は、今では静寂に包まれていた。
「……はぁ」
私は深く息を吐く。
気が付けば肩に力が入りっぱなしだった。
扉が静かにノックされる。
「総統」
ラインさんだった。
「どうぞ」
入室したラインさんは、私の顔を見るなり少し眉をひそめる。
「総統、お加減が優れないのですか?」
私は小さく笑って首を振る。
「大丈夫よ、ラインさん。ただ……少し疲れちゃったみたい」
椅子にもたれながら続ける。
「悪いけれど、少しだけ一人にしてもらってもいいかしら?」
ラインは一礼した。
「承知いたしました。私は隣室で待機しております。何かございましたら、いつでもお呼びください」
「ありがとう」
扉が静かに閉まる。
部屋には私だけが残った。
「ふぅ……」
大きく息を吐く。
天井を見上げながら、今日の会議を思い返す。
「まさか……私が、あんな指示を出すなんて」
共和国への帰属受諾。
クーデター派との連絡。
治安維持部隊の指揮権移管。
数日前までの私なら、きっと躊躇していた。
「でも……」
希望してきたのは向こうだ。
共和国が武力で奪うわけではない。
自ら共和国を選んだ。
そう自分へ言い聞かせる。
それでも胸の奥は少し痛む。
「それに……」
私はふと気付く。
「どうして私は、あんなに自然に、クーデター派を親衛隊の指揮下へ置くって言ったんだろう」
外務省でも。国防省でも。
選択肢はいくらでもあった。
なのに。迷いなく親衛隊だった。
「……ラインさん」
自然と名前が漏れる。
親衛隊は、ラインさんが長い年月をかけて築き上げた組織。
名称は変わっても、その中核には昔から共和国を支えてきた兵士たちがいる。
私も何度も顔を合わせてきた人たち。
「無意識だったのかな」
信頼できる人たち。
裏切らない人たち。
そう思っていたからこそ、自然にその言葉が口から出たのかもしれない。
私は小さく笑う。
「私も……人を見るようになったのね」
外交官だった頃は、制度や理想を信じていた。
けれど総統となった今は違う。
最後に頼るのは、人なのだと少しずつ理解し始めている。
「ふぅ……」
再び深呼吸する。
静かな部屋に、自分の吐息だけが響いた。
「総統って、本当に大変ね」
誰へ向けるでもない独り言。
その瞬間、脳裏に父の姿が浮かんだ。
厳しく、それでいて温かい眼差し。
そして、幼い頃に掛けられた言葉。
『立場が上になればなるほど、誰も代わりに決めてはくれない。最後に決めるのは、お前自身だ。だから決断の責任から逃げるな』
「……お父様」
あの頃は、その意味が分からなかった。
だが今なら分かる。
決断とは、正解を選ぶことではない。
自分で選び、その結果を背負い続けること。
私はゆっくりと立ち上がる。
まだ仕事は終わっていない。
共和国の未来は、これから動き始めるのだから。




