総統の決断
大会議室では、大臣たちの議論が続いていた。
「国際法上の問題は――」
「連合国の反応も考慮すべきです」
「軍の受け入れ体制は――」
次々と意見が飛び交う。
だが、その声は私には遠くから聞こえてくるようだった。
耳には入る。なのに、頭へ入ってこない。
私の視線は、机の上に置かれた一枚の資料へ吸い寄せられていた。
保有金塊 約九十トン。
その数字だけが、何度も頭の中を巡る。
目の前には、大金がある。
しかも、その大金は熟した果実のように見えた。
『どうぞ。食べてください』
そう囁いているようにさえ思える。
どうする……私は……?
胸が締め付けられる。これは他国の財産。
そう思えば、手を伸ばしてはいけない。
けれど――。
そうだ……ふと、一つの考えが浮かぶ。
考え方を変えればいい。
チュコ国は元々、共和国の前身である帝国の一部だった。
独立した。その時。待って……私は記憶を辿る。独立する時に、国家資産はどうなった?
工場。鉄道。港。そして国庫。
共和国へ返還した?いや。そんな話は聞いたことがない。つまり……この金塊は、元々は共和国の資産だった可能性もある。
そうよ!思わず顔を上げる。
そういう解釈もできるじゃない。
国家の継承。領土の変遷。
見方はいくらでもある。
なら……共和国にも所有権を主張する理由はある。胸の重石が、少しだけ軽くなる。
その時だった。
「総統閣下?」
誰かが呼んでいるが私は気付かない。
「総統閣下!」
「……はっ!」
ようやく我に返る。
会議室中の視線が私へ集まっていた。
外務大臣が一礼する。
「議論の結果がまとまりました。ご判断をお願いいたします」
私は深呼吸する。
鼓動が速い。胸が張り裂けそうだった。
それでも総統として答えなければならない。
「……もう一度」
私は静かに口を開いた。
「共有認識を確認したいわ。現在の結論を説明してください」
外務大臣が頷く。
「はい。前回のトリアと同様、共和国は様子見。帰属宣言についても即答せず、事態を静観する方針です」
会議室の誰もが頷いていた。
それが最も安全な選択。
慎重な共和国らしい結論だった。
しばらく沈黙が流れる。
やがて私は立ち上がる。
「……私の考えを話します」
全員の視線が集まる。
「チュコ国は共和国への帰属を宣言しました。連合国ではありません。他国でもありません」
「共和国です」
一拍置く。
「よって共和国は――その帰属宣言を受諾します」
「えっ!?」
会議室が騒然となる。
私は構わず続けた。
「直ちにクーデター派との連絡体制を構築してください。先方のクーデター派は、治安維持部隊として、共和国親衛隊の指揮下へ編入します」
ラインが静かに頷いた。
「さらに情報確認のため、共和国より調査団を派遣します。受け入れ要請も同時に伝えてください」
外務大臣が急いで書き留める。
「帰属に関する正式な草案がまとまり次第、私自ら世界へ向けて声明を発表します」
「以上です」
静まり返った会議室で、誰も異論を口にしなかった。
「本会議はこれにて終了します」
全員が立ち上がる。
「……それと」
私は財務大臣を見る。
「財務大臣だけ残ってください」
「承知しました」
数分後。
大会議室には二人だけが残った。
財務大臣が静かに口を開く。
「総統閣下のお考えは支持いたします。ですが、財務省としては受け入れ後の負担がかなり大きくなるかと……」
私は机の上の資料を差し出した。
「これを見てください」
財務大臣はページをめくる。
そして目を見開いた。
「……ん!?こ、これは……!保有金塊……約九十トン!?」
私は静かに頷く。
「この金塊を共和国財務省の管理下へ移します。財務省から数十名を派遣してください。護衛は親衛隊へ要請します」
財務大臣は興奮を隠せない様子で資料を握り締めた。
「承知しました!直ちに人員を選抜し、派遣準備を開始します!」
「よろしくお願いします」
ベレは小さく頷く。
その瞳には、先ほどまでの迷いはもうなかった。
共和国の未来を背負う総統としての、揺るぎない覚悟だけが宿っていた。




